キスはボルドーに染めて
 すると「陽菜美さーん」という声とともに、沙紀が瞳をキラキラさせながら陽菜美のブースを覗き込んでくる。

「陽菜美さんが急に有給休暇取るなんて、珍しくないですかぁ? もしかして、彼氏と旅行だったとかぁ?」

 沙紀のいつも通りの甘ったるい声に、陽菜美は肩をすくめる。

「まさか」

 陽菜美が愛想笑いだけを返し仕事に戻ろうとすると、沙紀は「ねぇ、知ってますぅ?」と今度は椅子ごと陽菜美のブースに入って来た。


「さっき廊下で話してるのが聞こえたんですけどぉ。松岡(まつおか)主任って、この週末結婚式だったらしいですよぉ」

 沙紀が発した名前に、陽菜美の心臓がドクンと動く。

 松岡は貴志の苗字だ。

「へ、へぇ……そうだったんだ」

 陽菜美は無理やり明るい声を出すと、平静を装うようにパソコンのソフトを立ち上げた。


「相手って専務のお嬢さんなんですって。さすがですよねぇ。松岡主任って人当たりいいからぁ、派遣の間でも人気だったし、狙ってる子多かったんですよねぇ」

 沙紀の声に、陽菜美の意識は次第に遠くなっていく。
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