キスはボルドーに染めて
 純玲の叫び声が反響する部屋は、驚くほど静まり返り、誰一人言葉を発することができなかった。

「私はあの日、妊娠しなければいけなかった。だから蒼生の元へ行ったわ……。だって私が本当に欲しかったのは、蒼生の子供だもの……」

 陽菜美は潤みだした瞳をぐっと閉じる。

 あまりにも辛い真実が、そこには隠されている気がした。


 ――蒼生さんが守ろうとしたもの。それは純玲さんだけじゃない。蒼生さんは自分を悪者にして真実を隠すことで、一輝さんやご両親が傷つくことからも守ろうとしたんだ。


 だいぶ時間が経った頃、純玲は急に落ち着いた顔を見せると、静かに蒼生を見上げる。


「蒼生の話には、一つだけ事実と違うことがあるわ」

 純玲の声に蒼生が驚いたように顔を上げる。

 純玲はしばらく躊躇ったのち、ゆっくりと口を開いた。


「私は見知らぬ男にホテルに連れ込まれたんじゃない。知り合いの男を呼び出して、ホテルに行ったのよ」

 蒼生は「え……」と声を漏らすと、目線を泳がせる。

「……なぜ、嘘を?」

 戸惑う蒼生に、純玲は口元を引き上げる。

「そうすれば、私を拒否した蒼生を縛り付けられると思ったからよ!」
< 212 / 230 >

この作品をシェア

pagetop