キスはボルドーに染めて
「なぜだ! なぜそんな残酷なことができるんだ! 結翔は……結翔がこの事実を知ったら、どうなると思ってるんだ!」

 一輝が泣き叫びながら声を上げる。

 誰もが息をのんで、その様子を見守った。


「結翔が……知ったら……?」

 しばらくして、純玲は叩かれた頬を両手で押さえながら、小さくつぶやく。

 純玲はその場に呆然と立っていたが、次の瞬間、はっと息を止め、見たこともない程に狼狽(うろた)えた顔を上げた。


「そ、そんな……。結翔が知るなんて……。わ、私……どうしたらいいの?」

 純玲は震える手を伸ばすと、一輝の腕をぐっと引く。

 一輝は何度腕を揺すられても、立ち尽くしたまま、ただ純玲のことを冷たく見下ろすだけだった。


 それからしばらく、静まり返った室内には純玲の泣く声だけが響いていた。

 だいぶ時間が経った頃、陽菜美は静かに蒼生を振り返る。

「純玲さんに、少しお話してもいいでしょうか?」

 陽菜美の声に、蒼生は初め驚いたような顔をしていたが、やがてゆっくりとうなずいた。

 陽菜美はうなだれる純玲の前に立つと、そっと息を吸う。


「純玲さん。もうここからはご夫婦の問題です。一輝さんと向き合って、話をするべきだと思います」

 陽菜美の声に、純玲がゆっくりと顔を上げた。
< 215 / 230 >

この作品をシェア

pagetop