キスはボルドーに染めて
 あのボルドーの丘で出会った時、陽菜美も蒼生もたった一人きりで丘に佇んでいた。

 愛を失くし、もう自分は二度と人に恋をすることも、愛を信じることもないのだろうと、漠然とそう思っていた。


 ――でも、今は違う。私たちは二人でまた、あの丘に立てるんだ。


 陽菜美は次第に潤んでくる瞳を感じながら、胸元に当てた手をぎゅっと握り締める。

 すると蒼生が優しくほほ笑みながら、陽菜美を振り返った。


「陽菜美」

「はい……」

「愛してる」

 蒼生は唐突にそう言うと、陽菜美を抱き寄せてキスしようとする。

 陽菜美はそのまま身をゆだねようとして、慌てて身体を起こすと、すかさず人差し指で蒼生の唇を塞いだ。


「蒼生さん」

 蒼生は不思議そうな顔をして首を傾げている。

「ここ、タクシーの中です」

 じっとりと下から見上げる陽菜美に、蒼生は小さく目を開くと、次の瞬間はぁとため息をついた。

「陽菜美は、またそれか」

 蒼生は子供のように()ねてそう言うと、座席のシートにドサッと背中をあずける。

 いつもは冷静で大人な対応をする蒼生も、陽菜美の前でだけは、こうやって素直に感情を表してくれるのだ。
< 228 / 230 >

この作品をシェア

pagetop