キスはボルドーに染めて
 すると女性社員の間をかき分けるように、小柄な課長が姿を現した。

音羽(おとわ)さん。こちらがオペレータールームです。終業後なので、御社の担当オペレーターは、すでに退勤しておりまして……」

 課長はキョロキョロと辺りを見まわすと、陽菜美の側に立つ貴志の姿を見つけたのか、片手を大きく上げた。


「松岡君! 音羽さんが、オペレータールームを見学されたいそうなんだ。案内してくれないか!」

 課長の声に貴志はピンと背筋を伸ばすと、慌ててそちらへ駆けて行こうとする。

 すると「いや、そのままで」という低い声が聞こえた。

 陽菜美はまっすぐに、自分の元へと歩いてくる姿を見つめる。

 まぎれもなくこの人は、陽菜美がボルドーの丘で出会い、前を向くきっかけをくれた人。


「どうして……?」

 陽菜美は信じられずに、小さく口を開く。

 蒼生は陽菜美の前まで来ると、優しくほほ笑んだ。


「あぁ、音羽さん。ちょうど良かったです。彼女が先ほど報告したクレームを対応した、オペレーターの結城さんです」

 興奮した様子の課長が、脇から顔を覗かせる。
< 28 / 230 >

この作品をシェア

pagetop