キスはボルドーに染めて
 蒼生に会釈しながらすれ違う社員達が、チラチラと自分を見ている気がして、陽菜美は下を向くと蒼生の後ろに隠れるようにしながらオフィスの一室に入った。

 “経営企画室”と掲げられた室内は、入ってみると案外小さめで、執務用の机が一台と応接セットのテーブルとソファが置いてあるだけだった。

 蒼生は陽菜美にソファを勧めると、自分はスーツの上着を脱ぎ、椅子の背にポンと置く。

 陽菜美はどぎまぎとしたまま、柔らかいソファに腰を下ろしながら、ぐるりと室内を見渡した。


 OTOWine(オトワイン)株式会社の音羽(おとわ)さんと言えば、経営者の親族なのだと容易に想像がつくが、それにしてはこの部屋はやけに質素に見える。


 ――蒼生さんって、どういう人なの……?


 訳がわからず首を傾げていると、鼻先にコーヒーの香りが漂ってきて、陽菜美は壁際に顔を向けた。

 どうも蒼生が自分でコーヒーを注いでいるようだ。

 蒼生の雰囲気からすると、美人な秘書がしおらしくお茶でも持ってきそうなものだが、蒼生はワイシャツの袖をまると、壁際のサイドボードでケトルを持ち上げている。
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