キスはボルドーに染めて
「いってらっしゃい」

 陽菜美の声に軽く手を上げ、経営企画室を後にした蒼生は、いつものようにOTOWineの入口のガラス戸をぬける。

 エレベーターで地下へと降り、自分の車に乗り込んだ蒼生は、バタンと扉を閉じた途端、はぁと大きく息を吐くとハンドルに顔をうずめた。


「なにをやってるんだ、俺は……」

 蒼生は小さくつぶやくと、やや紅潮した顔を上げる。

 あの時、陽菜美の唇にのったバンズのゴマを見て、蒼生の中で何かが大きく動くのを感じた。

 血色よく艶やかなその唇に、ひどく触れたい衝動にかられたのだ。


「でも、キスしようとしただなんて、完全にセクハラだよな。その後も危なかったし……」

 蒼生は、はぁと大きくため息をつく。

 あの時はなんとか押しとどまり取り繕ったが、次同じ状況になったら自分を止める自信はない。


 蒼生は陽菜美の真っ赤に染まった顔を思いだす。

 陽菜美をコールセンターから引き抜いたのは、初めはただの興味だったはずだ。

 恋人に振られた勢いでフランスに渡り、葡萄畑の真ん中であんな泣き方をする陽菜美と、一緒にいたらどうなるんだろうと思った。
< 83 / 230 >

この作品をシェア

pagetop