婚前一夜でクールな御曹司の独占欲に火がついて~旦那様は熱情愛で政略妻を逃がさない~
御門明季という男は、とても合理的な人間である。
何事にも執着心がない、諦めのいい性格といってもいい。自分の感情を排除し、その時々で一番無駄がなく効率的だと思われる道を選ぶことができる。
特に、祖父である光太郎に対してはそれが顕著だった。光太郎が一度言い出したら頑として考えを曲げない性分で、自分を含めた周りの意見に耳を傾けないことも嫌というほど身に染みて いるからこその従順さ。
「明季。おまえの結婚相手を決めてきた」
「わかりました」
だから、夜の帳が下りた時分に自社の社長室へと呼ばれ、代表取締役である祖父から不遜に言い渡された言葉にも、詳細を聞かないままなんの抵抗もなく了承したのである。
自らの後継者と決めている孫の返答に満足げな笑みを浮かべ、光太郎はマホガニーの執務机の上で手を組んだ。
「形式的な見合いの場を設けはするが、すでに相手方と話はまとまっている。相手は、ほとんど没落しかけているが旧華族の家柄のお嬢様だ。少し調べさせたが、これまで問題行動は起こさず品行方正で学生時代は成績も優秀、かつ真面目な性格らしく、御門に嫁ぐ者として申し分ない」
祖父の話にうなずきながら、なるほど、家柄を買ったのだなと明季はすぐに察する。
没落しかけているということは、相手方の一族は金銭的に余裕がないのだろう。大方、莫大な結納金でもちらつかせて話をまとめたといったところか。
祖父が欲しかったのは、旧華族であるという相手方が持つ縁故。そこを足がかりに、さらに事業を広めるつもりなのだろう。
そのための駒として使われるのは、この男の孫として生まれた自分の――祖父に拾われここまで育てられた自分のなすべき役割として、不服など唱えようもない。
「承知しました。では俺は、その見合いの日取りまでは何もしなくていいと?」
「いや、明日仕事の合間にでも少し顔を見てくればいい」
「……?」
そんな片手間に行っていいのかと首をかしげる明季に、光太郎は笑った。
「家族を含めた正式な顔合わせはまた別日に設けるとして、手っ取り早く本人同士で先に挨拶するのもいいだろう。なんせ、相手はこの会社に勤めている人間だからな」
「……なるほど」
予想外な展開に、さすがの明季もわずかに動揺する。
「ちなみに、どの部署の、なんという社員ですか?」
「経理部の、花城蘭という女性だ。歳は二十四」
花城……名前を聞いても、ピンと来ない。二十四歳なら、入社してまだ二年目か。三十一歳の明季と、七つの年の差である。
……自分のような年上で、相手は、嫌がっていないのだろうか。もし嫌がられていたとしても、当人たちの意思などは関係ないこの婚姻で、明季にはどうしてやることもできないけれど。
「蘭という名前はいいな、縁起がいい。胡蝶蘭は“幸福が飛んでくる”やら“発展”の花言葉があるらしい」
機嫌よさそうに話す祖父の声を聞きながら、明季は一重の切れ長の視線をふと床に落とす。
名前。そんな理由でこの野心家の目に留まってしまったなんて、相手の女性には同情のようなものを覚える。
が、それを目の前の人物に伝えることはしないし、しようとも思わない。
この婚姻は決定事項なのだ。自分がなにを思っても、言っても、覆ることはない。
ならば、なすべきことをなすまで。
「では明日、経理部に赴いて会ってきます」
「ああ。もう下がっていい」
「失礼します」
一礼して、社長室を辞する。
ひとり廊下を歩きながら、忙しくなるであろうこの先を考えて明季は息をついた。
何事にも執着心がない、諦めのいい性格といってもいい。自分の感情を排除し、その時々で一番無駄がなく効率的だと思われる道を選ぶことができる。
特に、祖父である光太郎に対してはそれが顕著だった。光太郎が一度言い出したら頑として考えを曲げない性分で、自分を含めた周りの意見に耳を傾けないことも嫌というほど身に染みて いるからこその従順さ。
「明季。おまえの結婚相手を決めてきた」
「わかりました」
だから、夜の帳が下りた時分に自社の社長室へと呼ばれ、代表取締役である祖父から不遜に言い渡された言葉にも、詳細を聞かないままなんの抵抗もなく了承したのである。
自らの後継者と決めている孫の返答に満足げな笑みを浮かべ、光太郎はマホガニーの執務机の上で手を組んだ。
「形式的な見合いの場を設けはするが、すでに相手方と話はまとまっている。相手は、ほとんど没落しかけているが旧華族の家柄のお嬢様だ。少し調べさせたが、これまで問題行動は起こさず品行方正で学生時代は成績も優秀、かつ真面目な性格らしく、御門に嫁ぐ者として申し分ない」
祖父の話にうなずきながら、なるほど、家柄を買ったのだなと明季はすぐに察する。
没落しかけているということは、相手方の一族は金銭的に余裕がないのだろう。大方、莫大な結納金でもちらつかせて話をまとめたといったところか。
祖父が欲しかったのは、旧華族であるという相手方が持つ縁故。そこを足がかりに、さらに事業を広めるつもりなのだろう。
そのための駒として使われるのは、この男の孫として生まれた自分の――祖父に拾われここまで育てられた自分のなすべき役割として、不服など唱えようもない。
「承知しました。では俺は、その見合いの日取りまでは何もしなくていいと?」
「いや、明日仕事の合間にでも少し顔を見てくればいい」
「……?」
そんな片手間に行っていいのかと首をかしげる明季に、光太郎は笑った。
「家族を含めた正式な顔合わせはまた別日に設けるとして、手っ取り早く本人同士で先に挨拶するのもいいだろう。なんせ、相手はこの会社に勤めている人間だからな」
「……なるほど」
予想外な展開に、さすがの明季もわずかに動揺する。
「ちなみに、どの部署の、なんという社員ですか?」
「経理部の、花城蘭という女性だ。歳は二十四」
花城……名前を聞いても、ピンと来ない。二十四歳なら、入社してまだ二年目か。三十一歳の明季と、七つの年の差である。
……自分のような年上で、相手は、嫌がっていないのだろうか。もし嫌がられていたとしても、当人たちの意思などは関係ないこの婚姻で、明季にはどうしてやることもできないけれど。
「蘭という名前はいいな、縁起がいい。胡蝶蘭は“幸福が飛んでくる”やら“発展”の花言葉があるらしい」
機嫌よさそうに話す祖父の声を聞きながら、明季は一重の切れ長の視線をふと床に落とす。
名前。そんな理由でこの野心家の目に留まってしまったなんて、相手の女性には同情のようなものを覚える。
が、それを目の前の人物に伝えることはしないし、しようとも思わない。
この婚姻は決定事項なのだ。自分がなにを思っても、言っても、覆ることはない。
ならば、なすべきことをなすまで。
「では明日、経理部に赴いて会ってきます」
「ああ。もう下がっていい」
「失礼します」
一礼して、社長室を辞する。
ひとり廊下を歩きながら、忙しくなるであろうこの先を考えて明季は息をついた。