繋いだ手、結んだ指先で。


どうぞ、と聞こえた声は、わたしがずっと待っていた声だ。

聞き間違えることのない、大切な人の声。

それだけで鼻の奥がつんと痛むのを感じながら、奥歯を噛んでやり過ごす。

深く深呼吸をしてから、ドアを開けた。


「……北条くん」


ソファに座る背中は、以前よりもほっそりとしていた。

まだ暑さが残る時期なのに、長袖を羽織っていて、その袖越しにもわかる腕の細さ。

こっちを見た北条くんは、少しだけ頬が痩けて薄い唇は血色が良いとは言えないけれど、以前の面影のままだった。


「三瀬さん」


隣に座ると、柔らかい声が耳をくすぐる。

優しい陽だまりの中で、ふたりだけの空間で、穏やかな時間を過ごすことが、何よりも幸福だったことを思い出す。


「終わったよ、全部」


何が、と聞かなくても、それだけで全てがわかる。

抗がん剤を使った治療は、本来長期間のサイクルを繰り返すものらしい。

聞きかじりの、インターネットで得ただけの情報。


早くこの場所で北条くんに会いたかった。

けれど、この場所で再会する意味が、必ずしも良い意味ではないことは、わかっていた。


「これ以上は、見込みがない。だから、僕の治療はおしまい」


淡々と話す北条くんの隣で、膝の上に置いた両手をぎゅうっと握る。

手のひらに爪を立てても、唇を噛んでも、目に浮かぶ涙は止まらなくて、こぼれ落ちていく。

< 85 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop