繋いだ手、結んだ指先で。
北条くんはわたしの手を握ったり、背中をさすったりはしなかった。
不用意に触れることを避けるように、わたしが泣き止むまでの長い時間を、ただ隣で息をして、待っていてくれた。
いつもなら、亜希さんが迎えに来ている時間を過ぎて、わたしも知らない放課後の時間になっていた。
頭はがんがんと痛むし、腫れぼったい目は開きづらい。
「三瀬さんに、お願いがあるんだ」
頬はひりつくし、返事をする声も小さく掠れて北条くんの耳に届いたかわからない。
「……教室に、行ってみたい」
それは、きっと北条くんひとりでも叶えられる願いだ。
わたしがいなくても、北条くんは自分の足で教室に行ける。
それでもわたしに頼んだその意味が、見えるようで、見えなくて、力の入らない足を叱咤して立ち上がる。
相談室を出ると、北条くんも後を着いてきた。
立川先生に一言声をかけて行くべきだったかもしれないとか、スマホを鞄ごとソファに置いてきてしまったこととか、余計なことばかりが頭にちらつく。
北条くんは3階までの階段を、手すりを掴んでゆっくりと上った。
教室にも廊下にも人はいなくて、3階まで上った先のさらに一番奥の教室に向かう。
わたしにとっては、慣れた教室。
初めてこの教室に入ったときのような真新しさはなくて、壁の掲示物は増えたし、黒板は薄らと汚れている。
ロッカーは物で溢れていて、机の配置も揃っているようで、バラバラで。
教室に入って、窓側の席に北条くんを呼ぶ。
椅子に座ってもらって、わたしはその前の席に座った。
「前後なんだね、三瀬さんと」
緊張した面持ちで背筋を伸ばして腰かけ、北条くんは嬉しそうに言う。
夏休み前は、わたしと北条くんの席は離れていた。
夏休みが明けて、最初の席替えでわたしと北条くんの席が前後になったのは、偶然じゃない。
「わたしが、お願いしたの。北条くんがいつか、教室に来たとき、一番近くにいたいからって」
担任の先生は北条くんが金曜日に相談室に来ていることも、わたしが会いに行っていることも知っていた。
他のクラスメイトは、佐原くんや吉松くんも含めて、北条くんが学校に来ていることを知らないのに、わたしが席替えのときに皆にお願いをした。
北条くんはここにくるからって。
そのとき、わたしが一番近くいたいって。