私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】

June 第23話 あいつの音【理滉】

―――戻ってきてしまった。
コンサートを控えているってのに俺はなにをやっているんだ?
しかも、カフェ『音の葉』は休み。
なんなんだよ。
苛立ちながら、髪をかきあげた。
疲れた体を休めようとマンションへ足を向けたその時、背後から声をかけられた。

「梶井さん?」

カフェ『音の葉』の店長、渋木小百里だった。
この間、殴られたせいか、思わず俺は自然に距離をとった。

「あら、今日は殴らないわよ」

「どうだか。強烈だったからな」

「ドイツに戻ったと渡瀬さんから聞いていたけど、なにか忘れ物?」

この女はきっととんでもない女だ。
さすがあの腹黒男、渋木唯冬(ゆいと)の姉だけある。
にこにこと微笑んでいるが、腹の中では何を考えているかわからない。

「別に。そういえば、あいつ、社長と付き合ってるんだってな」

「社長?」

「渡瀬が言っていた。家具店の社長に告白されていたとか」

「もしかして、戸川(とがわ)さんのことかしら。そうね、今日はお休みだし、今ごろデートしているかもね。でも、ごめんなさいね。私も詳しくは知らないの」

心からごめんなさいの顔ではなかった。
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