私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
その空気が嫌ですぐに窓を開け放った。

「空気の入れかえついでに煙草でも吸うか」

煙草を吸えば、このイライラも少しは落ち着くかもしれない。
ライターを手にして、煙草に火をつけた。
降っていた雨は俺が空港を出た時に止んだ。
今は雨が上がり、雲の隙間から顔をだした太陽が空を赤く染めていた。
もう夕方か。
俺はこの夕方の時間が嫌いだった。
他の子供達は親と帰っていくのに俺だけいつも一人取り残されていたのを思い出す。
母は恋人を優先して、俺を後回しにしていたから、一人で暗いアパートへ帰ることも当たり前になっていた。
誰も俺のそばにはいない。
ずっとそれが普通だった。
だから、今も誰かがそばにいることは苦手だと思う。

「俺は一人でいい」

渡瀬の言葉に振り回されるな。
俺は俺らしくやってきた。
これからもそうやって生きていく。
一人で―――そう心に決めたはずが。

「……トロイメライ」

夕暮れの中に流れたトロイメライ。
それは俺の心を揺らし、記憶を揺り起こした。
波のように繰り返し、弾いていたあの音。
あいつが弾くあのピアノの音を。

「くそ……」

窓を閉めて、煙草の火を消した。
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