私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
ただそこにあったのは孤独だった。
ふっと何気なく母の写真がある場所をみると、写真立てが倒されていて母の姿はそこになかった。

「あいつか」

だから、嫌なんだ。
自分以外の人間を部屋に入れるのは。
完全にペースは乱されてしまった。
ずっと乱されている。
あいつに―――
ぐしゃぐしゃと頭をかきむしり、二本目の煙草を手にした。
ライターで火をつけようとしたのにそれができなかった。

「なんで泣いてるんだ」

悲しいとか、辛いとか思ったわけじゃない。
それなのに頬に涙がつたって落ちた。
信じられない気持ちで俺は涙を手でぬぐった。

「なんだ、これ」

煙草が指から落ちて、俺が手にしていたのはあいつの電話番号が入ったスマホだった。
今ごろ、俺以外の男といるのかもしれない。
きっと幸せでいるんだろう。
それでも、俺はみっともなくすがることを選んだ。
俺をチェリストの道に戻した子の前でさえ、捨てられなかった大人でかっこいい自分を投げ捨てて―――電話をかけていた。

『かっ、梶井さんっ……!』

泣いてるのか?
楽しいデートはどうしたんだよ?
電話に出た望未はいきなり涙声で俺の名前を呼んだ。
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