私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】

July 第30話 炎

客席がざわめいたのは一瞬だけ。
ピアノの前に座り、死ぬほど練習していたファリャの火祭りの踊り。
ずっと梶井さんと弾いてみたかった。
でも、まさかいきなり舞台で弾くなんて思わなかった。
それも本番。
ステップを踏むように軽やかにピアノの鍵盤を叩く。
踊る指。
ピアノの音に滑らかなチェロの音をのせる。
炎のゆらぎ、そして激しくなる炎。
気持ちがのって、つい早くなってしまう私のスピードにさえ、梶井さんはついてくる。
やっぱりすごい。
思わず、微笑んだ。
梶井さんも笑っていた。
炎で亡霊を消し去って―――終わる曲。
大きな拍手に私はホッとして、梶井さんを見た。
きっと褒めてくれる。
死ぬ気で練習したんだから。

「梶井さ―――」

大きな手が私を抱きしめ、そして、抱えてキスをした。
客席の拍手に混じって歓声と悲鳴があがった。

望未(みみ)、結婚しよう」

「うん」

抱きかかえられたまま、抱きついた。
舞台だってこともすっかり私は忘れて、この一瞬を味わっていた。
一瞬だけ―――ね。

「結婚することになりました」

舞台からそう報告している梶井さんに拍手が起きた。
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