私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
「今からどこ行くの?」

「ホテル」

「えっ!?」

再会したばかりなのに梶井さんってば―――ぷっと梶井さんは噴き出した。

「ホテルのレストラン」

「さ、最悪!わざとでしょ?今の!」

笑っているけど、わざとに決まっている。
だから、これは私からの仕返し。
もう私はお嬢ちゃんでも子供でもない。
そうでしょ?
背中を追って、走って行く。
梶井さんの腕に自分の腕をするりと絡めて耳元まで背伸びをして囁いた。

「梶井さんの部屋がいい」

「俺の部屋?ホテルに部屋をとってあるのに?」

やっぱり部屋を用意してあったんじゃない。
すぐに私をからかうんだから。
これだから、梶井さんは。
でもね、私はそんなのいいの。

「部屋がいい。じゃないと梶井さんの匂いが消えてしまうから、ちゃんと残していって」

「お前は犬か?」

「だって、梶井さんはすぐにドイツに戻るでしょ?旅立つ人より、残されるほうが寂しいの」

「……わかった」

梶井さんは日本での仕事が終われば、またドイツに戻ってしまう。
忙しい人だから。
部屋の鍵はもらって、いつでも入れる。
あの部屋に私専用のピアノを置いてくれたけど、日が経つにつれて梶井さんの香水の香りが消えてなくなってしまった。
だから、私が寂しくないようにあなたの痕を残して欲しい。
私を慈しむような目で見下ろしていた梶井さんの視線をつかまえて、私からキスをした。
もうそんな子供じゃないってことを教えるために。
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