私のことが必要ないなんて言わせません!【菱水シリーズ③】
「あら。おはよう。望未ちゃん」

「おはようございます。あの……」

「ピアノなら好きに弾いていいわよ。まだ開店前だしね」

「ありがとうございます」

春の日差しのような微笑みを浮かべ、小百里さんは言ってくれた。
透明感のある美人でふわふわした女性。
私が男の人だったら、こんな女性を好きになるだろうなってくらい素敵な人。
どうぞ、と小百里さんはドアを開けた。
急いできたけれど、こんな朝早く梶井さんがやってくるわけない。
走ったせいで乱れた呼吸を整えた。
店のフロアの真ん中にはスタインウェイのグランドピアノがある。
こんな小さなカフェにあるとは思えない立派なピアノ。
だから、最初見た時は驚いた。
カフェ『音の葉』で初めて聴いた曲はラ・カンパネラ。
正確に響く鐘の音。
スピードがあるのにミスタッチもなく、道行く人は足を止め、カフェ『音の葉』がある方角を見ていた。
私もその中の一人だった。
弾いていたのは同じ菱水(ひしみず)音大に通う天才ピアニストの渋木(しぶき)千愛(ちさ)さん。
一度はピアノの道を諦めたという彼女は菱水音大に入学し、あっという間に私達の頭を飛び越していった。
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