25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました

信吾との結婚生活は、穏やかであたたかいものだった。
佳奈が生まれたとき、信吾は涙ぐみながら言った。

「小さな命って、こんなに愛おしいんだな」

寝不足でも、仕事で疲れていても、信吾は夜中のオムツ替えやミルクにも積極的に手を出した。
「俺は仕事ができる父親でありたいんだ」なんて言って笑う彼の背中に、美和子は何度も助けられた。

佳奈の成長に合わせて、美和子も少しずつ社会に出る準備をした。
簿記の資格を活かして、小さな会計事務所でパートから働き始めた。
信吾はいつだって「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。

娘と夫、そして少しずつ広がっていく自分の世界。
「なんて満たされてるんだろう」と、美和子は心の底から思っていた。

母も、そんな日々を喜んでくれていた。
頻繁には会えなかったが、佳奈をそっと抱きしめる母の腕は、柔らかくて、あたたかかった。
「こんなに可愛い子を、ありがとうね」と、ぽつりと言ってくれたことがある。
あのときの涙ぐんだ母の目を、美和子は今でも忘れられない。

けれど、母は先に旅立ってしまった。

あまりにも静かに、まるで眠るように逝った。
そして――その2年後、信吾もまた突然、美和子の前からいなくなった。

それは雨の降る午後だった。

信吾は、いつものように「行ってきます」と言って玄関を出た。
その数時間後、病院からの電話が鳴った。
「事故で意識不明の状態です。すぐに来てください」
言葉の意味が、まるで現実味を持たなかった。
走った足が、途中でふらついた。心臓が、冷たくなっていくのを感じた。

信吾は、病院のベッドに横たわっていた。
髪には血が滲み、呼吸器が機械でつながれていた。
それでも、あの人はまだあたたかかった。

間に合った、と思った。
名前を呼べば、まぶたが動くような気がした。

けれど――その夜、信吾は帰ってこなかった。

隣で泣き叫ぶ佳奈を抱きしめながら、美和子は何度も胸の中で叫んだ。

「お願い、もう一度、ただ一度でいい。目を開けて――」

だが信吾は、何も言わず、もう微笑むこともなく、美和子の腕の中から永遠に消えた。