25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
カーテンの取り付けまで、まだ二時間ある。
とはいえ、新居の冷蔵庫は空っぽだった。
「……ちょっと近くのスーパーに行ってみようかと思うんです」
そう言いながら、美和子はちらりと真樹の顔をうかがった。
「でも、真樹さん。お忙しいんじゃないですか? 週末だし、何かご予定が……」
すると真樹は、肩の力を抜いたような笑顔で言った。
「うん、予定あるよ」
えっ、と少し驚いた美和子の視線を受けながら、彼は微笑を深める。
「俺の今日の予定は君だ。だから、迷惑じゃなければ君がしたいこと、全部サポートしたい」
「……そんな。もう十分していただいてます」
「俺がしたいんだよ。……でも、迷惑か?」
そう言ったときの真樹の表情は、どこか困ったようで、ほんの少しだけ悲しげでもあった。
そんな顔をされて、美和子は自然に微笑み返していた。
「迷惑なんて思っていませんよ。ありがとう、真樹さん」
「よかった。で、スーパーだよな。車で10分くらいのところに大型のがある。たいていのものは揃ってる」
「……では、お言葉に甘えてお願いできますか?」
「もちろん!」
真樹の声には、どこか弾んだような嬉しさがにじんでいた。
大型スーパーは活気があり、色とりどりの野菜や食材が棚を彩っていた。
美和子は手慣れた様子でカートを押しながら、調味料や野菜を次々と選んでいく。
真樹はというと、ほとんど何も言わずその後ろを歩き、時折「これも使うか?」とさりげなく助言する程度だった。
必要なものを一通りかごに入れ、レジに並んだところで、美和子が財布を取り出そうとすると、
それより早く真樹がカードを通してしまっていた。
「……えっ?」
唖然としたように見つめる美和子に、真樹はさらりと言った。
「今度、君の作ったご飯が食べたい。だからこれはその前払いってことで」
「……もう、ほんとに……」
呆れたように、それでもどこか照れくさそうに笑った美和子。
ふたりが魚売り場の横を通ったとき、店員が元気よく声を張り上げた。
「本日のお刺身、特価でーす! 今が旬ですよー!」
「お刺身、どうですか?」と美和子が尋ねれば、真樹は目を細めて即答した。
「いいね、それ。うまそうだ」
メインは決まった。あとはご飯と汁物、少しの副菜。
久しぶりに“誰かのための食卓”が頭の中で形を取り始めて、美和子の胸が少し温かくなる。
買い物を終えて外に出ると、車までの道すがら、ふたり並んで歩いていた。
そこへ、すれ違った年配の店員が笑顔で声をかけてきた。
「奥さん、旦那さん、よかったらこのポイントカードも——」
「あっ、いえ、あの……」と美和子が困惑している間に、真樹が一歩進んで軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その一瞬のやりとりだけだったのに、なぜか美和子の心はひどく落ち着かなくなった。
“奥さん、旦那さん”——その響きが、胸の奥の柔らかいところに触れた気がして。
横を見ると、真樹はどこか誇らしげな顔で微笑んでいた。
冗談を言うでもなく、はしゃぐでもなく。ただ、静かに、嬉しそうに。
(そんな顔、するんだ……)
言葉にはならないまま、何かがじんわりと染みこんでくるようだった。
そのまま車に乗り込むと、美和子はふと、さっきの一言を思い出していた。
「……“俺の今日の予定は君だ”って、ほんとに……そんなこと……」
小さくつぶやいたその声は、もちろん真樹には届かなかった。
でも、美和子の胸の奥では、まだじんわりと余韻を残していた。
とはいえ、新居の冷蔵庫は空っぽだった。
「……ちょっと近くのスーパーに行ってみようかと思うんです」
そう言いながら、美和子はちらりと真樹の顔をうかがった。
「でも、真樹さん。お忙しいんじゃないですか? 週末だし、何かご予定が……」
すると真樹は、肩の力を抜いたような笑顔で言った。
「うん、予定あるよ」
えっ、と少し驚いた美和子の視線を受けながら、彼は微笑を深める。
「俺の今日の予定は君だ。だから、迷惑じゃなければ君がしたいこと、全部サポートしたい」
「……そんな。もう十分していただいてます」
「俺がしたいんだよ。……でも、迷惑か?」
そう言ったときの真樹の表情は、どこか困ったようで、ほんの少しだけ悲しげでもあった。
そんな顔をされて、美和子は自然に微笑み返していた。
「迷惑なんて思っていませんよ。ありがとう、真樹さん」
「よかった。で、スーパーだよな。車で10分くらいのところに大型のがある。たいていのものは揃ってる」
「……では、お言葉に甘えてお願いできますか?」
「もちろん!」
真樹の声には、どこか弾んだような嬉しさがにじんでいた。
大型スーパーは活気があり、色とりどりの野菜や食材が棚を彩っていた。
美和子は手慣れた様子でカートを押しながら、調味料や野菜を次々と選んでいく。
真樹はというと、ほとんど何も言わずその後ろを歩き、時折「これも使うか?」とさりげなく助言する程度だった。
必要なものを一通りかごに入れ、レジに並んだところで、美和子が財布を取り出そうとすると、
それより早く真樹がカードを通してしまっていた。
「……えっ?」
唖然としたように見つめる美和子に、真樹はさらりと言った。
「今度、君の作ったご飯が食べたい。だからこれはその前払いってことで」
「……もう、ほんとに……」
呆れたように、それでもどこか照れくさそうに笑った美和子。
ふたりが魚売り場の横を通ったとき、店員が元気よく声を張り上げた。
「本日のお刺身、特価でーす! 今が旬ですよー!」
「お刺身、どうですか?」と美和子が尋ねれば、真樹は目を細めて即答した。
「いいね、それ。うまそうだ」
メインは決まった。あとはご飯と汁物、少しの副菜。
久しぶりに“誰かのための食卓”が頭の中で形を取り始めて、美和子の胸が少し温かくなる。
買い物を終えて外に出ると、車までの道すがら、ふたり並んで歩いていた。
そこへ、すれ違った年配の店員が笑顔で声をかけてきた。
「奥さん、旦那さん、よかったらこのポイントカードも——」
「あっ、いえ、あの……」と美和子が困惑している間に、真樹が一歩進んで軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その一瞬のやりとりだけだったのに、なぜか美和子の心はひどく落ち着かなくなった。
“奥さん、旦那さん”——その響きが、胸の奥の柔らかいところに触れた気がして。
横を見ると、真樹はどこか誇らしげな顔で微笑んでいた。
冗談を言うでもなく、はしゃぐでもなく。ただ、静かに、嬉しそうに。
(そんな顔、するんだ……)
言葉にはならないまま、何かがじんわりと染みこんでくるようだった。
そのまま車に乗り込むと、美和子はふと、さっきの一言を思い出していた。
「……“俺の今日の予定は君だ”って、ほんとに……そんなこと……」
小さくつぶやいたその声は、もちろん真樹には届かなかった。
でも、美和子の胸の奥では、まだじんわりと余韻を残していた。