25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
カーテンの取り付けも無事に終わった。
家具が揃い、灯りがともった部屋は、まだ新しい匂いのする、けれどどこか温かみのある空間になっていた。

キッチンからは、炊きたてのご飯の匂いと、出汁の香りがほんのりと漂ってくる。
刺身の盛り合わせは、美和子のお気に入りの陶器の皿に盛りつけられ、その隣には湯気の立つ味噌汁。
きゅうりとわかめの酢の物に、だし巻き卵。どれもどこか懐かしく、心をほどくような食卓だった。

「いただきます」

ふたりの声が、重なるように響く。

「うまいなあ……これ、まじで店出せるよ」

真樹が、鯛の刺身を頬張ってうなるように言うと、美和子はくすっと笑う。

「買ってきたお刺身のおかげですよ。私は並べただけです」

「いや、酢の物と卵焼きもすごくうまい。こういう味、なんか……落ち着くな」

真樹は少し遠くを見るようにして言った。

「落ち着く、って。じゃあ、最近は落ち着かなかったんですか?」

「そうかもな……いや、落ち着かないっていうより、なんか、心が空回りしてた気がする」

箸を置いて、湯呑みに手を伸ばし、緑茶を一口。
その動作はいつも通りの穏やかさだったけれど、その後の言葉は少しだけ重たかった。

「昔の俺は、ただ突っ走ってばかりだった。周りの声も、君の気持ちも、ちゃんと聞けてなかったと思う」

「……」

「でも今は違う。君の気持ちを大事にしたい。君のペースも、言葉も、ちゃんと受け止めたいと思ってる」

柔らかな灯りの下、その言葉は空気を震わせるように静かに響いた。
美和子は少しだけ箸を持つ手を止め、視線を皿の上に落とした。

心の奥に、微かな波紋が広がっていく。

——昔、真樹がどこまでも強引だった記憶。
——そして今、言葉を選びながら、ちゃんとこちらを見ようとしている彼の姿。

(変わった、のかな……本当に?)

不安がないわけではない。でも、どこか嬉しさのようなものが胸の奥に生まれているのを感じていた。
かつては聞こうともしなかった“私の声”に、今は耳を澄ませてくれているような気がする。

「……そうですね。たしかに、昔の真樹さんは、ちょっと怖かったです」

美和子は、冗談めかしてそう言った。
真樹は少しだけ目を見開き、それから、肩をすくめて笑った。

「やっぱりな……でも、怖がられたくて君といたわけじゃない。今は、君とちゃんと向き合いたいって思ってる」

それ以上、言葉はなかった。
でも、美和子の心の奥で、何かがふっと緩んでいくような感覚があった。

箸をもう一度取り、梅干し入りのだし巻き卵をひと口。
ほんのり甘く、どこか懐かしい味。

それが、今の自分の気持ちを少しだけ、後押ししてくれるようだった。

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