25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
夕食を終えたあと、真樹は黙ってキッチンへと立ち、慣れない手つきで皿を重ね始めた。

「いいですよ、真樹さん。疲れてるでしょう?」

「いや、今日はずっと君に世話になってたから、これくらいさせてくれよ」

そう言って、ちゃっちゃと洗い物を流しへ運び、スポンジを手に取る。
普段は指示を出す側の男が、静かに台所に立っている姿は、どこか不思議だった。
けれど、それは妙にしっくりくる光景でもあった。

ひと通り片づけを終えると、真樹はタオルで手を拭きながら美和子の方を見た。

「引っ越しで疲れただろう? 飯、うまかった。ごちそうさま。ありがとう」

それだけ言うと、特別な余韻も残さず、ふっと笑って玄関へ向かっていく。
美和子が何か言おうとした時には、もうドアを開けかけていた。

「ゆっくり休めるといいな。じゃあ、また」

「あ……はい。おやすみなさい」

ドアが閉まる音は、思ったよりも軽く響いた。

真樹は、別れ際がいつもあっさりしている。
そこが少し、拍子抜けするような、けれどありがたいような……複雑な気持ちを残す。

ホッとする自分がいる一方で、どこか胸の奥がぽつんと寂しさを抱えていた。

(……どうしてだろう)

ふたりで囲んだ食卓。
何気ない会話の中で、ふとした好みや感覚が自分と似ているとわかって、思わず笑い合った時間。
まるで、長く付き合ってきた夫婦のような、自然で穏やかなやりとり。

——そういえば、誰かとあんな風に落ち着いて話したの、いつぶりだろう。

胸の中に小さな灯がともるような、でもまだ手に取れないほど淡いぬくもり。
美和子はまだ気づいていなかった。

それが、心の奥にそっと芽吹き始めた、
「この人といると、心地いい」という感情の、はじまりだということに。
< 49 / 102 >

この作品をシェア

pagetop