25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
「……空いてる。夕食を食べる時間がなかったしな」

低くて、少しだけかすれた声だった。

その声に込められた疲労と、ほんの少しの甘えが、胸に染みる。
美和子は、口元にかすかな笑みを浮かべてうなずいた。

「じゃあ、よかったら……簡単なものだけど、いっしょに晩酌しませんか」

思いがけない誘いに、真樹は驚いたように目を細めた。

「……本当にいいのか?」

「いっぱいあるので、よかったらどうぞ」

そう言って二人は並んでリビングへ戻る。
真樹が上着を脱ぐと、美和子がタイミングよくハンガーを持ってきて、静かに受け取った。
ネクタイを外し、ワイシャツのボタンを二つ外した真樹の所作に、どこか目のやり場に困った美和子は、そっと視線を逸らしてキッチンへ向かう。

ローテーブルには、さっき並べかけた酒の肴がずらり。
テーブルを眺めた真樹の顔が、ほんの少しやわらいだ。

「すごいな、全部作ったのか?……美味しそうだ。ありがたい」

「夏野菜って、おいしいものいっぱいありますよね」

褒められて、美和子の頬が少しだけ緩む。

「もし足りなければ、冷凍ご飯もあります。お茶漬けにできますから、言ってくださいね」

「何を飲む?」

「私と同じものでいいですか?」

キンキンに冷えた缶ビールを二本取り出し、美和子が笑う。

「……ごめんなさい。グラスがまだ揃ってなくて」

「構わないよ」
真樹は缶を受け取りながら、ふと彼女の顔を見た。

「お気に入りを探してるんだろ?どんなのがいいと思ってる?」

「うーん……これからは、ちょっと和のテイストがいいかなって。江戸切子なんかも素敵だなって思ってます」

「それなら……明日か明後日、百貨店に行こう。ちょうど展示会をやってるし、物産展もあるぞ」

「ほんとですか?物産展、大好きなんです。だけど……」

美和子はふと真樹を見て、表情を曇らせた。

「真樹さん、しっかりお休みされたほうがいいんじゃないですか?お疲れみたいですし……」

真樹は一瞬、笑ったような表情を見せ、静かに言った。

「俺に、休んでほしいのか?」

「……はい」

「でもさ」
真樹がゆっくりと距離を詰める。
「君と過ごす時間が、一番の休息なんだけど」

その声に、思わず美和子は瞬きをした。

「もっと……お礼してもらっていい?」

「……いいですけど?」

戸惑いながらも答えると、真樹が「じゃあ、遠慮なく」と囁き、そっと彼女を抱き寄せた。

驚きで体がこわばる。
真樹の吐息が耳元にかかり、低く甘い声がそっと落ちてくる。

「……好きだよ」

その言葉が、美和子の胸の奥に、ゆっくりと、でも確かに火を灯した。

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