25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
「いらっしゃいませー!」

夕方前とはいえ、評判の店だけあって店内は賑わっていた。
カウンター席の端にふたり並んで座り、定番のラーメンと焼き餃子を注文する。

テーブルに届いた餃子からは、香ばしい香りが立ちのぼる。
カリッと焼けた皮、溢れる肉汁——。

「うまっ……これ、評判なだけあるな」
真樹が嬉しそうに箸を運ぶ。

「ほんとですね、皮が薄くて中ジューシー」
美和子も思わず笑顔になる。

ラーメン屋を出ると、真樹が言った。

「うまかったな」

「そうですね。ごちそうさまでした」

「フレンチトーストのお礼だよ。……こちらこそ、ありがとうな」

マンションに着き、真樹がエレベーターのボタンを押す。
「5階」と「最上階」のランプが静かに光る。

美和子はふと、自分の心の声を聞いた。
(今日はよらないのね……そうよね、昨晩も今朝もだったし。きっと、一人でゆっくりしたいのよね)

5階に着くと、エレベーターのドアが開いた。
真樹が、美和子の背中に向かって言う。

「……今日も楽しかった。ありがとう。おやすみ」

振り返った美和子も、やわらかく微笑んで応えた。

「おやすみなさい」

それぞれの扉が、静かに閉じていく。

美和子はシャワーを浴び、髪を乾かしながら、どこかぽかぽかとした気持ちに包まれていた。
今日一日、なんて満たされていたんだろう。
久しぶりに心から笑って、選んだ下着を見ながら少し恥ずかしく、でも少しだけうれしかった。

ルームウェアに着替えて、冷蔵庫から冷たい水を出して飲む。
窓の外には、もう誰もいない静かな夜の街。
けれど、心の奥には微かな灯りがまだ消えずに灯っていた。

同じころ、最上階の部屋。

真樹は冷蔵庫からビールを取り出し、プシュッと音を立てて開けた。
グラスも使わず、瓶のまま一口。
喉に染みる苦味の中に、悶々とした気持ちが交じる。

(ピンクに、赤系だと……?)
さっきの車内でのやりとりが、頭の中で何度もリピートされる。

——キャーッ、なんで聞くんですか?

照れた顔。慌てた声。そのあと、真っ赤になった彼女の横顔。
全部が愛しくて、全部が欲しくて、全部が焦らされる。

(……見たい。見たくてたまらない)
けれどそれ以上に、
(自分のものにしたい)
という欲望が、静かに、確かに渦を巻いている。

真樹は窓際に立ち、ぼんやりと夜の街を見下ろした。
タワーマンションの高層階から見る夜景は、どこまでもきらびやかだ。
けれど——

もし、あのまま彼女の部屋に入っていたら……
理性を失っていたかもしれない。

その想像に、思わず笑ってしまう。
でも同時に、自分の中の本気と本音に気づかされる。

夜景なんて、どうでもよかった。

「今、一番見たいのは――夜景じゃない。……美和子だ」

喉元まで湧き上がる想いに、真樹は耐えきれなくなっていた。
あのラーメン屋を出た時から、別々に部屋に戻った時から、ずっと何かを堪えていた。

(会いたい。触れたい……)

たまらず、携帯を手に取る。
着信履歴から、美和子の名前をタップした。

コール音が一度だけ鳴ったところで、電話がつながる。

「……もしもし?」

「今、何してる?」

美和子の戸惑ったような声。

「え? あ、何って……ちょっと、飲もうかと……」

「そっか。俺も、ちょっと飲み始めたところだ。けどさ、」

真樹はふっと息を吐く。

「……一人で飲むの、味気なくてな。なあ、美和子」

少し間を置いてから、続ける。

「そっち、行っていいか?」

電話の向こうで、息をのむような気配があった。

そして、ほんのかすかに、消え入りそうな声で答えが返ってきた。

「……はい。いいですよ」

その一言に、真樹の心臓が跳ねた。

「今行く」

短く言って、スマホをテーブルに置くと、真樹はすぐに立ち上がった。
エレベーターの呼び出しボタンを押す指に、わずかな震えが宿っていた。

(行っていいんだな。もう一度、近づいても)

階下に向かうエレベーターの表示を見つめながら、
真樹の胸の奥に、ゆっくりと熱が満ちていった。

< 66 / 102 >

この作品をシェア

pagetop