25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
真樹はランニングを終えるとシャワーを浴び、淹れたてのコーヒーを片手に書斎へ向かった。
朝のうちに仕事を片づけておこうと、パソコンの電源を入れる。
ふと、机の上に置かれた写真立てに目が留まった。そこには、若かりし日の美和子が写っていた——初めてのお見合いのときの写真だ。
華やかな振袖姿で、それでもどこか緊張したような面持ちだった。
あの見合いのあと、美和子が駆け落ちして婚約は破談になった。
その後、美和子の父・富岡氏が謝罪のため真樹の実家を訪れた際、本来なら返却されるはずだったこの写真。
だが真樹は、返しそびれたことに気づいていながら、結局そのまま——いや、故意に——持ち帰ってしまったのだった。
「駆け落ちしたなら、もう二度と見合いなんてしないだろう」
そんな思いと、ひそかな未練が交じり合って、写真はこっそりと机の奥にしまい込まれた。存在すら忘れていたそれを、引っ越しの際に偶然見つけたのだ。
それ以来、ずっと机の上に置いてある。
真樹はそっと視線を落とし、写真を見つめた。
——俺のものだ。今度こそ、絶対に放さない。
胸の奥で静かに誓いを立てると、午後に美和子と会うための時間をつくろうと、パソコンに向き直り、仕事に没頭した。
墓地を後にした美和子は、タクシーで駅周辺へ戻った。
観光地でもあるこの街には、おすすめのスポットとおいしい食べ物がたくさんある。
せっかくだから、佳奈へのお土産に好物を買って帰ろう。名物のおそばは持ち帰って、夕食にしよう。地酒と合わせるのもいいかもしれない。
——重くなるのは避けたい。お酒は配送にしよう。
そう思いついたとき、ふと真樹との買い物を思い出した。
大型スーパーでも、デパートでも、重い荷物は全部彼が持ってくれたっけ。
「……真樹さんにも、お土産を買っていこう」
二人でそばを食べながら晩酌している場面が頭に浮かび、美和子の頬に自然と笑みがこぼれる。
「そうだ、日本酒の好み、聞いておこう。辛口?甘口?」
そうつぶやきながら携帯を取り出し、ハッとした。
——今日は“携帯デトックスの日”だった。
そう言って、自分で決めたルールに従い、携帯をバッグに戻す。
お酒は配送することに決め、多めに注文した。真樹だけでなく、颯真と佳奈にも、自分用にも。
「これで帰りが楽になるわね」
気分がどんどん上がっていくのを感じながら、以前から気になっていた豚みそ丼の店に立ち寄る。
一口食べて、そのおいしさに思わず感嘆の声が出た。
「……これ、自分でも作ってみようかしら」
せっかく足を延ばしたのだからと、店員に名所を尋ねると、近くに滝があるという。
美和子は、ざあざあと勢いよく落ちる滝の音が好きだ。
お礼を言って会計を済ませ、歩いて滝へ向かう。
今日はフラットシューズで来て正解だった。
やがて滝を見つけ、しばらくその場に佇んだ。
水音が全身に染み込んでくるようで、心が落ち着いていく。
目を細め、何度も深呼吸を繰り返す。
——真樹への気持ちは、まだ自分でもわからない。
でも、「向き合いたい」と思った瞬間、不思議なほど自然に——真樹に会いたくなった。
「帰ろう。東京へ」
駅に向かって歩き出し、途中、駅に隣接する蕎麦屋に立ち寄って夕食用のそばを買う。もちろん、真樹の分も忘れずに。
遅い時間でも、そばなら胃にやさしいし、晩酌にもぴったりだ。
帰りの電車の中では、久しぶりに読書がはかどった。
ページをめくる手も軽く、文字がすっと心に染み込んでくる。
自分の心が、少しだけ整っているのを、美和子は静かに感じていた。
朝のうちに仕事を片づけておこうと、パソコンの電源を入れる。
ふと、机の上に置かれた写真立てに目が留まった。そこには、若かりし日の美和子が写っていた——初めてのお見合いのときの写真だ。
華やかな振袖姿で、それでもどこか緊張したような面持ちだった。
あの見合いのあと、美和子が駆け落ちして婚約は破談になった。
その後、美和子の父・富岡氏が謝罪のため真樹の実家を訪れた際、本来なら返却されるはずだったこの写真。
だが真樹は、返しそびれたことに気づいていながら、結局そのまま——いや、故意に——持ち帰ってしまったのだった。
「駆け落ちしたなら、もう二度と見合いなんてしないだろう」
そんな思いと、ひそかな未練が交じり合って、写真はこっそりと机の奥にしまい込まれた。存在すら忘れていたそれを、引っ越しの際に偶然見つけたのだ。
それ以来、ずっと机の上に置いてある。
真樹はそっと視線を落とし、写真を見つめた。
——俺のものだ。今度こそ、絶対に放さない。
胸の奥で静かに誓いを立てると、午後に美和子と会うための時間をつくろうと、パソコンに向き直り、仕事に没頭した。
墓地を後にした美和子は、タクシーで駅周辺へ戻った。
観光地でもあるこの街には、おすすめのスポットとおいしい食べ物がたくさんある。
せっかくだから、佳奈へのお土産に好物を買って帰ろう。名物のおそばは持ち帰って、夕食にしよう。地酒と合わせるのもいいかもしれない。
——重くなるのは避けたい。お酒は配送にしよう。
そう思いついたとき、ふと真樹との買い物を思い出した。
大型スーパーでも、デパートでも、重い荷物は全部彼が持ってくれたっけ。
「……真樹さんにも、お土産を買っていこう」
二人でそばを食べながら晩酌している場面が頭に浮かび、美和子の頬に自然と笑みがこぼれる。
「そうだ、日本酒の好み、聞いておこう。辛口?甘口?」
そうつぶやきながら携帯を取り出し、ハッとした。
——今日は“携帯デトックスの日”だった。
そう言って、自分で決めたルールに従い、携帯をバッグに戻す。
お酒は配送することに決め、多めに注文した。真樹だけでなく、颯真と佳奈にも、自分用にも。
「これで帰りが楽になるわね」
気分がどんどん上がっていくのを感じながら、以前から気になっていた豚みそ丼の店に立ち寄る。
一口食べて、そのおいしさに思わず感嘆の声が出た。
「……これ、自分でも作ってみようかしら」
せっかく足を延ばしたのだからと、店員に名所を尋ねると、近くに滝があるという。
美和子は、ざあざあと勢いよく落ちる滝の音が好きだ。
お礼を言って会計を済ませ、歩いて滝へ向かう。
今日はフラットシューズで来て正解だった。
やがて滝を見つけ、しばらくその場に佇んだ。
水音が全身に染み込んでくるようで、心が落ち着いていく。
目を細め、何度も深呼吸を繰り返す。
——真樹への気持ちは、まだ自分でもわからない。
でも、「向き合いたい」と思った瞬間、不思議なほど自然に——真樹に会いたくなった。
「帰ろう。東京へ」
駅に向かって歩き出し、途中、駅に隣接する蕎麦屋に立ち寄って夕食用のそばを買う。もちろん、真樹の分も忘れずに。
遅い時間でも、そばなら胃にやさしいし、晩酌にもぴったりだ。
帰りの電車の中では、久しぶりに読書がはかどった。
ページをめくる手も軽く、文字がすっと心に染み込んでくる。
自分の心が、少しだけ整っているのを、美和子は静かに感じていた。