25年ぶりに会ったら、元・政略婚相手が執着系社長になってました
それと……夫の命日が近くて、お墓参りに行ってきたんです」

真樹の腕の中で、美和子がぽつりと呟いた。

真樹はその言葉に少しだけ力を緩め、そしてもう一度優しく抱きしめ直した。

「……そうか。……おかえり」

「……ただいま」

その言葉に、ふと自分でもおかしくなったのか、美和子がくすりと笑った。

「ただいまって、なんか変ですね」

その瞬間、ぐぅうう……と、真樹の腹が鳴った。

ふたりの間に沈黙が落ちて――次の瞬間、美和子は吹き出した。

「……ふふっ、タイミング良すぎ!」

真樹も、照れくさそうに口元をほころばせた。

「おそば、買ってきたのよ。一緒に食べましょうか」

「……甘えていいのか?」

「もう、迎えにまで来た人が今さら何を言ってるんですか」

やっと、ふたりの距離が自然に戻っていくような――そんな夜の始まりだった。

キッチンから、そばを温める湯気が立ち上る。
美和子は冷蔵庫から買ってきた地酒を取り出し、控えめに二つのグラスに注いだ。

「ほんの少しだけにしましょうね。帰宅してすぐですし」

真樹は頷き、グラスを受け取る。
二人で静かに乾杯を交わし、そばをすすりながら、少しずつ今日の出来事を美和子は語り始めた。

お墓参りのこと、街歩きのこと、豚みそ丼のおいしさ、滝の音、そして思いがけず自分の心が晴れていったこと。
真樹は一言も口を挟まず、ただ真っ直ぐに彼女の話に耳を傾けていた。

話し終えると、真樹は小さく微笑んだ。

「……楽しかったんだな」

「はい」

素直な返事に、二人の間にふっと温かな空気が流れる。
食事を終えると、真樹は静かに立ち上がって片付けを始めようとしたが、美和子が制した。

「私が後でやるから。ソファに座っていてください
「……いいのか?」

「ええ。お茶、いれてきますね」

美和子は茶葉を丁寧に急須に入れ、ゆっくりと蒸らしてから湯呑みに注ぐ。
その一杯を真樹に手渡し、自分の分も持って、そっと隣に座った。

ふたりの間に流れるのは、言葉ではない静けさだった。
しばらくそうしていたあと、真樹が手を伸ばし、ふわりと美和子を抱き寄せた。
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