花嵐―はなあらし―
「あ、そういえば、3rdシングル出すんだって?今日、朝出勤途中に電車の中で女子高生が話してるの聞いて知ったんだぁ。」
わたしは照れ隠しのつもりで違う話題を出した。
すると、十和は「あぁ、うん。そうなんだ。」と、何だか気まずそうな表情を浮かべて言った。
きっと、3rdシングルを出す事を報告していなかったと気付き、申し訳ない気持ちになったのかもしれない。
わたしは責めるつもりで言ったわけではないけれど、十和に嫌な思いさせちゃったかな。
「すっかり十和は有名人になっちゃったもんね。女子高生が"トワ推し"とか言ってるの聞いて、十和が少し遠い存在に感じちゃってさ、、、だから寂しくなって、今日はお昼休憩の時に電話しちゃったんだぁ。多分忙しかったよね?ごめんね。」
わたしはそう言いながら玉ねぎを切り終えると、使い終わった包丁をすぐに洗い、包丁の定位置へと戻した。
「そうだったのか。いや、そんな事気にしなくていいよ。いつでも電話くれていいから。もし出れなかったら、折り返しかけるからさ。それに、、、俺は、涼花にとって遠い存在なんかじゃないよ?ずっと何も変わらない。」
そう言って、研ぎ終えたお米が入った釜に水を注ぎ、炊飯器へと入れ、早炊きで炊飯ボタンを押す十和。
そしてタオルで手を拭くと、十和はわたしに手を差し出した。
「ほら、手出して。」
手を差し出しながらそう言う十和をわたしは見上げると、十和は優しい表情をしていて、わたしは視線を十和の手に落とし、そっと差し出された十和の手を握り締めた。
「ほら、俺はここに居るよ?手が握れる距離に居る。遠い存在なんかじゃないだろ?」
そう言う十和の手は温かくて、あの頃を思い出す。
わたしは呟くように「あったかい。」と言い、十和のぬくもりを手を通して全身で感じていた。
「俺は、涼花から離れて行かない限り、離れることはないから。だから、寂しいだなんて思う必要ないよ。」
「わたしから離れることはないかな。十和は、わたしにとって大切な存在だもん。」
「それは嬉しいね。じゃあ、俺たちは老後もこうして一緒に飯作って食べたり、酒飲んだりしてんのかなぁ。」
そう言って笑う十和に、わたしは「それもいいかもね。あ、でも十和に彼女が出来たら話は別だよ?彼女を傷付けたくないから、そうなったらわたしは十和から離れなきゃいけないからさ。」と言った。
すると十和は何だか寂しそうな表情を浮かべ「大丈夫。俺は独り身で平気だから。涼花が離れていくくらいなら、彼女なんて要らない。」と、柔らかく切ない口調で言い、握り締めるその手にギュッと力を込めた。