花嵐―はなあらし―
それからわたしは、午前中に溜まっていた業務を一つずつ消化していき、気付けばお昼休憩の時間になっていた。
もうそんな時間かぁ。
わたしはいつも社員食堂でランチを済ませており、今日もそのつもりなのだが、その前にスマホを片手に人気が無い廊下の隅へとそっと移動して、窓の外に広がる街並みを眺めながらスマホを操作し、耳にあてた。
スマホから聞こえてくる呼び出し音。
忙しいかな、、、
電話に出れる状況じゃないかな、、、
そう思いながら聞く呼び出し音がやけに長く聞こえる。
すると、呼び出し音が途切れ「もしもし?」とわたしの聞きたかった声が聞こえてきた。
「あ、もしもし?十和?ごめんね、突然電話して。」
「いや、全然大丈夫だけど、涼花から電話かけてくるなんて珍しいからビックリしたよ。どうした?何かあった?」
よく聞くと、息切れしているようにも聞こえる十和の声。
もしかして、何かあったと思って急いで電話に出てくれたのかな、、、
もしそうだとしたら、申し訳ないことしたなぁ。
わたしはただ、、、
「あ、ううん。ただ、、、昨日、あまり十和と話せなかったから、もっと話したかったなぁって思って。」
「そっか、何かあったわけじゃないなら良かったよ。」
「ごめんね、忙しいところ電話かけちゃって、、、特別何かあったわけでもないのに。」
「いや、何かあった方が心配だから、何もなくて良かった。」
十和はそう言ったあと、「今日、うち来る?20時くらいで大丈夫なら。」と言った。
「うん、行く!」
「おっけ。でも、うち何もないけど良い?帰り何か買って帰ろうか?」
「あー、じゃあ、飲み物だけお願いしてもいい?わたしご飯作るから、食材だけはわたしが買って行くよ。」
「え、マジ?ご飯作ってくれんの?やったね!帰り誰かに誘われても、絶対断わって帰るから!」
十和の言葉と喜び様に、わたしが抱いていた嫉妬心が溶けてゆく。
わたしがご飯を作るって言っただけで喜んでくれるなんて、嬉しいなぁ。
わたしが作るご飯なんて、人並みでごく普通なのに、それでも誰かの誘いを断ってでも帰って来てくれるんだ。
「じゃあ、20時に十和の家行くね。」
「分かったよ、気を付けて来いよ?ごめんな、迎えに行けなくて。最近、外での行動にルールが出来て、厳しくなってさ。」
「大丈夫。Novel凄い有名になってきたしね。仕方ないよ。」
「ありがとう。それじゃ、またあとでな!」
「うん、またあとでね!」
そう言って電話を切り、わたしはスマホを胸にあて、ホッとした。
十和に会える。
それを楽しみに今日は定時まで頑張れそう。
十和に会えるのがこんなにも楽しみだなんて、初めてかも、、、
当たり前が当たり前じゃなくなって、十和が遠くに行きそうなのが怖くて、わたしはつい手を伸ばして十和を引き止めたくなったのだ。
この感情は、失って初めて気付く感情にも似ている気がした。