世界がラブソングを知ったなら
「つ、つかれた…。」



『ウチはそんなに忙しくないし、ゆっくり覚えられると思うよ。』



なぜこの言葉を簡単に信じてしまったのかと、あの時の私に問いたい。




営業時間が終わってお客さんがもう居ないことをいいことに、カウンター席に座って机に突っ伏した。




「忙しくないワケ…。」


冷静に考えれば分かったはずだ。



ココで働いているのが誰なのかを。



中野さんと須藤さんだ。


世の中の“イケメン”と言われる部類に入る人たちが2人も居るというのに、女の子が放っておくはずがない。



彼ら2人目当てのお客さんが多い中、体力的に疲れる以上に精神的な疲れが尋常じゃない。




あの刺々しい視線に耐えていかなければいけないのか、と溜め息を零した時。






「お疲れ様。」

「っ!!」


コト…っという音とその優しい声に、はっと顔を上げた。





「あはは、超疲れてんじゃん。」

「須藤さん!お疲れ様、です…。」


テーブルにカップを置いてそう声を掛けてくれた彼は、疲れ切った私の顔を見て可笑しそうに笑った。


「大変だった?」

「大変、でしたね…。失敗しなかったのが奇跡です。」

「まぁ、あの人もすげぇ嘘つくなとは思ったけどね。」

「うそ?」

「バイトに誘われた時言われたでしょ?『ウチはそんなに忙しくないから』って。」


あぁ…、あの言葉は、本当に魅力的なお言葉でした。


あっさり信じた私は、あっさり裏切られたのだけれども。





「辞めたくなった?」

「え?」

「思ってたのと違って嫌になったりしてんじゃないかなって思ってさ。」

「‥そんなことないです。」



確かに“忙しくない”というのは嘘だったけれど。



中野さんも須藤さんも、いっぱいフォローしてくれる。


何も分からない私に、イチから丁寧に教えてくれる。




それに何より、すごく楽しい。





「まだ1日目ですけど、すごい楽しいです。続けたいなって思います。」



そう言うと、彼は優しく笑ってポンポンと頭を撫でてくれた。



「それ飲みなよ。」

「え?」

「頑張った子には、ご褒美。」

「あ…、ココア…!」



ほら、と差し出された白いカップに淹れられていたのは、ふんわりと甘い香りが漂うココアだった。





大好きなそれに声を上げると、くふっと彼はまた笑った。
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