【不器用な君はヤンキーでした】

第8話『疑惑の視線と、隠された過去』-前編-

付き合い始めたばかりの“彼氏”と“彼女”。
嬉しくて、楽しくて――でも、同じくらい、不安なことも増えてく。

「叶愛〜!一緒にお昼食べよ!」

翌日。教室のドアが開くと、親友の紗耶が笑顔で手を振ってきた。
私が屋上に向かう前に、いつも声をかけてくれる、優しい子。

「うーん……今日も、屋上?」

「……うん。ごめんね?」

「また、瀬那くん?」

「……うん」

苦笑しながら頷いた私に、紗耶はほんの少し、眉を下げた。
心配そうなその顔に、胸がチクリとする。

「……叶愛、本当に大丈夫?あの人……学校の中でも有名なくらい、ヤバいって言われてるし……」

「……でも、本当の瀬那は、みんなが思ってるような人じゃないよ」

「……ふうん。なら、いいけど」

心配も、善意も、わかってる。
でも――私が見てる瀬那は、あんな噂話で語られるような“悪者”なんかじゃない。


屋上に着くと、瀬那はもうそこにいた。
手すりにもたれて、空を見上げている。

その横顔が、あまりにも綺麗で――
つい、声をかけるのを忘れて見惚れてしまう。

「……おそ」

「ごめん、ちょっと教室で引き止められてて」

「女か?」

「……うん、紗耶。心配されちゃった」

瀬那はふん、と鼻で笑った。

「“付き合ってる”って、そんなに悪いことなのかよな」

「違うよ。そうじゃなくて……瀬那のこと、みんな誤解してるから……」

「……別に、誤解されたままでいい」

「でも私は……ちゃんと知ってほしい。瀬那のこと、優しいって。ちゃんと真っ直ぐだって」

瀬那の表情が、一瞬だけ緩んだ。

「お前ってほんと、変なとこ頑固だよな」

「……ありがと」

瀬那の隣に座って、並んで空を見る。
こうしてるだけで、心がじわっとあたたかくなる。


放課後。

教室の外で、誰かが私の名前を呼んだ。

「一ノ瀬さん……ちょっといい?」

振り返ると、そこにいたのは、昨日見かけた“1年生の女子”。

(あの子……瀬那に話しかけてた……)

「あの……昨日、神咲先輩と一緒にいましたよね?」

「……うん」

「付き合ってるんですか?」

突然の直球に、心臓が跳ねた。

「えっ、えっと……」

「……そっか。付き合ってるんだ」

それ以上、何も言わずに去っていった女の子の背中が、なぜか、胸に引っかかる。

(何……あの感じ)

笑ってたのに、目だけ笑ってなかった。
“敵意”って言葉が、脳裏をよぎる。


次の日から、ちょっとした違和感が続いた。

教室に入った瞬間、誰かの視線を感じる。
廊下で瀬那とすれ違うたびに、ひそひそとした声が耳に届く。

「……また神咲と一緒にいたね」

「え、あの一ノ瀬って子、よく付き合えたよね。勇気ありすぎ」

「てか、なんであの子なの?もっと可愛い子いるじゃん」

(……わたし、何もしてないのに)

嫉妬?噂?
理由はわからないけど――“誰かに狙われてる”そんな気がしてならなかった。


その夜。
携帯に、知らない番号からメッセージが届いた。

『神咲くん、ほんとにあんたのこと好きなの?』

『彼の過去、知ってる?付き合っても、どうせ遊ばれて終わるよ』

画面を見て、手が震えた。
名前もない。送り主も不明。

でも、その言葉は私の心を突き刺した。

(……過去?)

私は、瀬那の過去を知らない。
喧嘩が強くて、周りを怖がらせて、何度も停学になったとか――
それくらいの噂しか、聞いたことがない。

(本当に……それだけ?)

……もし、もっと深い傷があるとしたら。
私の知らない“瀬那”がいるのだとしたら。

(知りたい……でも、怖い)

私の胸の奥で、言葉にならない葛藤が渦を巻いていた。


その夜。
珍しく、瀬那から電話がかかってきた。

「なぁ、叶愛。明日……ちょっとだけ、付き合ってくれないか」

「え?」

「見せたいもんがある。……俺の、過去」
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