【不器用な君はヤンキーでした】
翌日――土曜の放課後。
瀬那に呼び出されたのは、街の外れにある“古びた倉庫跡”だった。

「……こんなとこ、初めて来た」

人気のないその場所は、どこか切ない匂いがした。
吹き込む風の音が、ぽつぽつとした雨にまぎれて響く。

「……ここ、俺が昔、よくいた場所だ」

そう言った瀬那の横顔は、どこか懐かしそうで、でも痛みを秘めていた。


「俺さ……中2までは、普通だった。
成績も悪くなかったし、友達もいて、先生にも可愛がられてた」

「……え」

あまりに意外な言葉に、私は思わず声を漏らした。

「でも……そっから全部壊れた。きっかけは――親父が逮捕されたことだった」

「……え?」

「背任。横領。ニュースにも出て、近所の人間からも好奇の目で見られて……
家族でいるのが恥って、母親が俺を連れて夜逃げみたいに引っ越した」

瀬那の声は、どこか遠くを見ていた。
過去を語る彼の横顔が、誰よりも大人びて見える。

「転校先でも、すぐバレた。“あの事件の息子だ”って。
クラスで無視されて、机にゴミ入れられて、ランドセル蹴られて、
……それでも最初は我慢してた」

「……瀬那」

「でも――母親がさ、自殺未遂した」

その言葉に、心臓が締めつけられる。

「“お前のせい”って言われた。
“あんたがいるから私まで笑われる。消えてくれればいい”って……」

瀬那の手が震えていた。
その拳が、血が出るほど強く握られているのがわかった。

「そっから全部がどうでもよくなって。
……喧嘩して、暴れて、退学して……そんな時に拾われたのが、ここ」

「……拾われた?」

「地元のヤクザ。喧嘩が強かったから、使い道あるって。
金欲しさに雑用もしてた。怪我もしたし、させもした。
でも――誰かと繋がってる実感が欲しかったんだと思う」

私は言葉が出なかった。

“神咲瀬那”っていう名前の裏に、こんなにも深くて重い過去があったなんて――。

「でもある時、組織の奴に言われた。
“このままじゃ人生終わるぞ。ここに来たのは運が良かった。でも早く抜けろ”って」

瀬那は、笑った。
少しだけ、悔しそうに。優しそうに。

「俺を本気で叱ってくれたの、そいつが初めてだったかもしれない。
……そっからだ。本気で変わろうって思ったの」

「……変わったんだよ。瀬那は、ちゃんと」

そう言うと、瀬那がふっと私を見た。
目の奥に、わずかに残る震え。

私は、その手をぎゅっと握った。

「私、今の瀬那しか知らないけど――
でも、過去を知った今の方が、もっと好きになったよ」

「……叶愛」

「瀬那は強いよ。でも、本当に強い人って、“優しさ”を失わない人だって思う。
……私は、それを知ってる」

次の瞬間。
瀬那は、私の身体をぐっと引き寄せて、抱きしめてきた。

「……バカ。ほんと、お前は……優しすぎる」

「優しくなんかないよ。ただ……本当に好きな人が、傷ついてきたのが悔しいだけ」

静かな倉庫跡。
ふたりだけの時間。雨音が心地よく響く中、私は瀬那の体温に包まれていた。


帰り道。

空は晴れて、夕焼けが空一面を染めていた。

「なぁ」

「うん?」

「俺さ……初めてかもしんね。“守りたい”って思ったの。誰かを、こんなふうに」

「……うん」

「お前に会えて、よかった」

「私も……瀬那に出会えてよかった」

強く手を握る。

どんな過去があっても、どんな噂があっても、
私はこの人を――“神咲瀬那”という人を、これからも信じていたい。


だが――その夜。

携帯に届いた、またしても“匿名”のメッセージ。

『見せかけの優しさに騙されないで。彼は……また裏切るよ』

『神咲瀬那には、“あの女”を泣かせた過去がある。今度は、あんたの番』

画面がにじむ。

誰?
何を知ってるの?
“あの女”って――誰のこと?

再び揺れる疑念。そして、隠された“もうひとつの過去”。

私たちの愛が試されるのは、これからかもしれない。
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