嫁いだ以上妻の役目は果たしますが、愛さなくて結構です!~なのに鉄壁外科医は溺愛を容赦しない~
 昼前、両親に連れられてやってきたのは、門構えが立派な料亭だ。
 約束の時間より三十分も早いせいか、相手方の姿は見えず、ロビーのソファに腰を下ろして待つことに。

 スーツを着た父が、落ち着きなく息を吐いてネクタイの結び目の位置を直す。
 その様子に、父の隣に座る母が小さく笑った。

「あら、緊張してるの?」
「そりゃあ、人生に一度きりの娘の結納だからな。それに、相手はお世話になってる藤沢さん夫妻とスーパードクターと名高い息子さんだ。会うのは久しぶりだし緊張もする」
「そうね。本当、こんなにいい縁談なかなかないわ。美七はラッキーね」

 正確には、ラッキーなのは私ではなくお父さんでは?
 ……とは口にせず、美七は曖昧に微笑んだ。

 婚約者がいると知った日、美七は衝撃を受けつつ相手がどんな人かを母に尋ねた。
 
 名は藤沢紘生、年齢は三十歳。
 
 東正医科大学病院長の長男で、父親の元で勤める優秀な心臓血管外科医らしい。

 そして、美七がなぜそんな立派な相手と婚約しているのか。

 それは五年前、医療機器メーカーの社長である父の会社が経営不振に陥りかけた際、高校の先輩でもある院長が融資と提携を申し入れてくれたことから始まる。

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