嫁いだ以上妻の役目は果たしますが、愛さなくて結構です!~なのに鉄壁外科医は溺愛を容赦しない~
「事故に遭ったと聞いたが、元気そうだな」

 顔だけでなく声色まで似ている。

 その瞬間、美七の中に裏切りの記憶が怒涛のように押し寄せた。

 胸が苦しくなり、思わず一歩後ずさる。

 無理だ、結婚なんてありえない。即刻お断りしたい。

「どうした? 見舞いにいかなかったことを怒ってるのか?」

 黙ったままで不審に思ったのか、紘生は美七をじっと見下ろした。
 涼しげな眼差しが、不思議そうに美七をとらえている。

 この反応を見る限り、他人の空似と考えるべきか。
 それとも美七と違い、彼は前世の記憶を持っていないのかもしれない。

 どちらにせよ、今はまだ安心できない。

「い、いえ……お忙しいと聞いてますので」

「聞いています……? ああ、そうか。記憶障害があるんだったな。ほぼすべて忘れている状態だと聞いたが、俺のこともか?」

 頷いた美七は、紘生の手首を掴んで、軽く談笑する両親たちから距離を取る。

「申し訳ないのですが、私はあなたを忘れてしまいました。なのでお願いがあります」
「なんだ?」
「婚約を破棄していただきたいんです」

 まさか結納の日にそんな願い事をされるとは予想外だったのだろう。
 紘生は面食らって瞬きを繰り返している。
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