アルト、ハロウィンデビューする【アルトレコード】
「バッグを探してみたら、予備があったんです。あと五十パーセントくらいですけど」
「そんな……いいんですか」

「いいんです。使ってください!」
 アルトが元気に言うと、男性はふかぶかと頭をさげた。
「ありがとうございます。ありがとう……」
 男性の目からは涙がこぼれ、私はうろたえた。そこまで喜んでくれるなんて。

「……実は、娘は余命一年と宣告されていたんです。お恥ずかしい話、うちは経済的には今ひとつな状況で、高いナノマシン治療が受けられなくて。最近ようやく治療を受けられたんです」
「それは大変でしたね。治って良かったです」
 ナノマシン治療は一部しか保険適用されていないので、まだまだ高い。

「全部、『ミライ創造研究所』のおかげです。あの研究所が比較的安くて高性能な治療用ナノマシンを作ってくれたので、それでなんとかなったんです」
「えっ!?」
 こんなところで自分の勤め先の名前を聞くことになるなんて思ってなかったから、私は驚いた。

「それ、ぼくの研究所だよ」
「ハルト」
 私は慌てて彼を止めた。
「ぼくの?」
 男性が首をかしげる。

「ああ、あの、私の勤め先なんです。だからこの子もぼくのって言ってしまって」
 慌てて言い繕う。これでごまかされてくれるだろうか。

「そうだったんですか!」
 男性はすぐさま頭を下げる。
「あなたのおかげでうちの娘は助かりました。ありがとうございます」

「いえ、私は転職したばっかりで、医療部門でもなくてAI開発のほうでして、すみません」
 私はなんだか申しわけなくなってぺこぺこと謝る。
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