かわいさの暴力【アルトレコード】
「ああ……舌による接触が不完全だったからエラーが出たみたいね」
 秤さんが犬の首あたりを触ると、ぱかっと蓋が開いた。その中にあるスイッチを押して電源をオフにする。
 AI豆柴はホログラムのアルトを人間だと判定したが、触れなかったことでエラーが出てしまったらしい。
「ほかにもいろいろエラーが出るのよね……本物に近付けようとすればするほどエラーが出て」
「大変そう……」
「ほんっと大変。ほら、犬の生体には餌が必要じゃない? 糞の始末はしたくないけど餌はあげたいっていう層がいて。餌を食べる機能をつけろとかいろいろ言われるのよね。簡単な話じゃないし、食事機能を付けると高額になるし、かといって本体の価格を抑えるために専用の疑似餌を売るとまた文句を言う人もいてね」
 秤さんは深いため息をついた。
 私もそういう要望があるのは聞いたことがある。
 せっかく手間がかからないAIペットなのに、餌を食べさせる意味って、と思わなくもない。
 AIペットを飼うことで動物への親近感が増すのは良いことだと思うけど、AIペットを飼うことでの人間心理への影響の論議は、いまだ研究段階で結論が出ていない。
「ごめん、今日はここまででいい?」
 秤さんに謝られ、私は頷く。
「ありがとう、見せてくれて。行こうか、アルト」
「うん。ありがとう」
 アルトは礼儀正しくお辞儀をして、ふたりで研究室に戻った。
 が、この日のアルトは、なかなかディスプレイに戻ってくれなかった。
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