はいはい、こちら中野通交番です。 ただいま熱愛中。
 風呂を出るとまたまた居間に戻ってきてテーブルを挟んで向き合いましたわ。 なんか緊張するなあ。
「こうしてさあ二人でビールも飲んでたわよねえ。」 「そうだなあ。 枝豆とポテチを食べながらよく飲んだっけ。」
 姉ちゃんはさっさと部屋に籠ってしまったし和之も彼女と夢を見てる。 二人だけの静かな夜。
交番ももうすぐ閉鎖されるし俺も引退する時が来そうだ。 そうそう忙しくはなかった交番だけどなんか寂しいなあ。
 「10月だったわよね? 交番が閉鎖されるのは。」 「そうだそうだ。」
「閉鎖されたらお父さんはどうするの?」 「そのまま引退するよ。」
「そうなのか。 じゃあ私も一緒に引退しようかな。」 「そうか。 一緒にねえ。」
「そうよ。 あなたの傍に居たいから。」 「引退したらどっか旅行でもするか?」
「そうねえ。 次の世も見てみたいし、、、。」 「おいおい、それはまだまだ先だよ。」
「いいじゃない。 いつかは私もあなたも死んじゃうのよ。」 「それはそうかもしれんが、、、。」
「火葬場見学に行きたいなあ。」 「何で?」
「だって嫌いな人に焼かれたくないでしょう?」 「そりゃそうだけど、、、。」
「私ねえ大きな棺桶に入りたいの。」 「何で?」
「あんな狭苦しくて暗いのは嫌だわ。」 「そんなこと言ったって、、、。」
「そうよねえ。 死んじゃったら何も言えないんだもんねえ。」 麻理はふと冷蔵庫を開けた。
 「何か無いかなあ?」 そう言いながら出してきたのは缶ビールとやっこだった。
「おー、今夜は冷ややっこ化。 いいねえ。」 「でしょう? お父さんもこれかなっと思って、、、。」
「さすがは我が妻だ。」 「さあ飲みましょう。」
こうして平和な夜は更けていくのでありました。 幸せだなあ。
 1990年代くらいから葬式も変わってきた。 友人葬とか家族葬とか音楽葬とか言って賑やかにやる人も増えてきた。
中には生前葬なんてやる人も出てきて葬式=坊さん=線香臭いってイメージが崩れてきた。 2020年ごろになると新型コロナとかいう病気のような病気じゃないような変なのが大流行して葬式もまたさらに変わってきた。
ついでに言えば直火葬って人も出てきて従来の葬儀屋の仕事も変化せざるを得なくなっていったんだ。 葬式ではなく「お別れ会」って呼ぶ人も増えてね、時代替われば社会も変わるもんだなあ。
 「私さあ、あなたと一緒の棺桶に入りたいの。」 「そんなでかいやつ有るかなあ?」
「作れたらいいのになあ。」 「作れても火葬炉に入らないよ。」
「そっか。 残念だなあ。」 そう言って麻理は俺の膝枕に頭を載せた。
 頭を撫でてみる。 「また何か企んでるでしょう?」
「もう疲れたから何も考えてないよ。」 「そう言いながらお胸を触ってるじゃない。」
「これはいつものことだ。」 「そうよねえ。 それ無しじゃ生きていけないもんねえ お父さんは。」
「んだんだ。」 「正直ねえ。 酔っ払った?」
「んだんだ。」 「じゃあ寝ましょうか。」
 麻理は起き上がるとさっさと寝室へ行ってしまった。
 「キャーーーーーー!」 しばらくしたら悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんだ?」 「いやいや、びっくりしたわよ。 お人形さんが私を見てたから。」
「おやおや? こっちを向けたのは、、、?」 「お父さんじゃないの? いっつもその辺に寝転がってるでしょう?」
「そうだけどここまでは、、、。」 「変ねえ。 お父さんじゃないとそこまではやらないと思うんだけどなあ。」
「不思議だよ。 もしかしてお人形さんは生きてるのか?」 「馬鹿なこと言わないの。 お人形さんが生きてたら私たちどうなるのよ?」
「それもそうだなあ。 後で和之にでも聞いてみるか。」 「それはいいけどさあ、寝ましょうよ。 疲れたわ。」
「そうしよっか。」 お人形さんを元に戻して布団に転がり込んだまではいいけれど、、、。
俺にとっては麻理のほうが気になって気になって、、、。 だってさあブラを付けてないんだもん。
「いつでも触れるようにしなきゃねえ。」なんて言いながらブラを外すんだ。 寝てまで緊張しちまうよ。
 でもまあ、こんな調子で30年も連れ添ってきたわけね。 銀婚式でも金婚式でも菌根間でもいいけど俺たちは俺たちなんだ。
なんか変な風にもめてる夫婦とかいっぱい居るけど変だよなあ。 最近は変なのが増えた。
 結婚してデモ不倫オッケー 女遊び 火遊びオッケー、何でも自由だあ、、、なんて夫婦も居たっけなあ。 2年で離婚したけど。
そりゃさあ何処の誰が仕込んだか分からないような子供の世話までさせられたんじゃ堪ったもんじゃないわなあ。 ただでさえ托卵女子が横行してるんだから。
 種くらいはっきりさせてくれよ。 誰の種でいつ頃仕込まれたのかってね。 そんなもんだから婚前妊娠の場合には遺伝子検査が義務化されたよね。
産婦人科学会もさすがにノーとは言えなかった。 あまりにも拒否婚が多過ぎて。
 そんな中で我が家には和之が生まれたのでありますよ。 待ってましたの男の子ですわ。
麻理は妹も欲しがったんだけどそちらさんは最後まで来なかった。 でもまあそれで30年。
 「牛丼一筋80年!」 「それはお前だろう?」
「「兄貴、俺はまだ60にもなってないんだぜ。 80年はまだまだ。」 「うっせえなあ。 ドブスを捕まえておいて何を抜かしやがるんだ?」
「ドブスって兄貴も口が悪いなあ。」 「お前だろう? 喫茶店の親父さんから嫁さんを盗んだのは?」
「盗んだなんてそんな、、、。」 「じゃあ盗んでくれって頼まれたのか?」
「頼まれちゃないけど、、、。」 「じゃあお前が盗んだんだな? やっぱり。」
「違うってば。」 「いいか? 小判。 喫茶店のマスターは嫁さんを取られたって言ってるんだ。 お前は本当にどうしようもない男だな。」
「だから兄貴、、、、。」 「この町から出て行け。 三日以内に出て行け。 いいな。」
 窓越しに食らいついてくる小判にそう言い渡してから麻理を見た。 「やっぱりか。」
「なんだってさ。 小判らしいよなあ。」 「それであなたに何を?」
「分かんねえ。 命乞いでもしてたんじゃないのか?」 「命乞いねえ。 くだらないわ あんなの。」

 それから一週間後、たまの休みに二人で散歩をしていると、、、。 「この辺もずいぶんと変わったわねえ。」
「変わったよ。 変わらないのは交番だけだ。」 「そうよねえ。 何で変わらなかったの?」
「何でって聞かれても困るんだけどさあ。」 「そうよねえ。 お父さんじゃあ分からないわよね。」
 二人で交番の前に立ってみる。 俺がずっと務めてきた小さな小さな交番だ。
変わったのは二階だけ。 一階はずっと昔からそのまんま。
 屋根の上をカラスが飛んでいった。 「カラスも変わらないわねえ。」
「ああ。 ずっとずっとあのままだ。」 「少しは変わればいいのにねえ。」
「どう変わるんだよ?」 「ちょっとくらいお喋りするとか、、、。」
「カラスが「ぼくはカラスです。 おはようございます。」って言うのか?」 「話し始めたら面白いだろうなあ。」
「でもなんか不気味だね。」 「中に入ってもいい?」
「ああ。」 そう言って俺は玄関の鍵を開けました。

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