その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
ビーチから車まで全力で走った。
タオルをつかんで戻ってくると、麻里子が濡れたスカートを絞っているのが目に入った。

陽に透けた布越しに浮かぶ足のラインと、淡く滲むレースの影。
その無防備さに、胸の奥から込み上げてくる感情があった。

—誰にも見せるな。

その想いに突き動かされるように、貴之は迷わず麻里子の腰にタオルを巻きつけ、そのまま膝裏に腕を差し入れ、抱き上げた。

「えっ、所長っ……!」

驚いた麻里子が首にしがみつく。

その小さな体のぬくもりが、じかに腕に伝わってきて、貴之は一瞬、理性を保つのに苦労した。

「自分で歩けますって……」

「ダメだ」

短くそう告げる声は、自分でも抑えきれていないと感じた。

助手席にそっと座らせると、彼女の濡れた髪が肩に張りついているのが見えた。
指で払いたくなる衝動を抑えながら、貴之はもう一度、彼女の顔をのぞき込む。

逃げ場のない距離。
ためらいも、迷いも、もうなかった。

麻里子の顎に指を添え、顔を近づける。そして、その唇にそっと自分の唇を重ねた。

柔らかくて、温かい。
ずっと、こうしたかった。

瞠目する麻里子を感じながらも、キスは深くなっていく。
独占したい、守りたい—その気持ちが止まらない。

やがてゆっくり唇を離し、目を見つめながら低く囁いた。

「……言っただろ。敬語はやめろって」

彼女の頬に残る赤みが愛おしくて、もう一度触れたくなった。

けれど、それ以上は踏み込まなかった。
今はまだ、焦らず、少しずつでいい。

そう自分に言い聞かせて運転席へ戻り、エンジンをかけた。

隣で黙って座る麻里子が、そっと胸元を押さえたのが見えた。
感じているのは、自分だけじゃない—
それが、たまらなく嬉しかった。

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