その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
土曜日の待ち合わせ時刻。
エントランスに足を踏み入れた麻里子は、ちょうどエレベーターから降りてきた美和子と目が合った。
「あ、麻里ちゃん」
「美和子さん、お待たせしてすみません」
「ううん、今来たところよ」
タクシーで向かったのは、閑静な通りに佇むカフェ・ルシェリ。
小さな看板と花の香りが漂うテラスが印象的だった。
「ここのケーキ、美味しいのよ」
美和子が笑顔で言う。
「私、来るのは初めてなんです。でも……ケーキは一度だけ、いただいたことがあって……」
ふと記憶が蘇る。
あの日、貴之が何気なく差し出してくれたケーキ。
ほんのりと甘くて、優しい味だった。
麻里子はそのことを口にしかけて、言葉を飲み込んだ。
カフェに入り、テーブルにつくと、美和子が少しだけ声を落とした。
「ねえ、麻里ちゃん。……貴之さんとのこと、聞いてもいいかしら?」
麻里子はわずかに瞳を伏せ、小さく頷いた。
「……はい」
「麻里ちゃんは、貴之さんのこと、どう思っているの?」
曖昧な質問に、麻里子は答えを探して、指先を軽く組んだまま、黙った。
「彼のこと、もう……嫌いになった?」
その問いに、麻里子はゆっくりと首を横に振る。
「……じゃあ、今でも……彼のことが、好き?」
その言葉に、麻里子の肩がわずかに震えた。
唇がほんのりと開いて、静かに、けれど確かに──
「……はい」
カフェ・ルシェリのテーブルに、ふたり分の紅茶とサンドイッチが運ばれてくる。
香り高いアールグレイが静かに立ちのぼり、しばし会話の間を包んだ。
美和子はカップに手を添えたまま、そっと麻里子に目を向けた。
「ねえ、麻里ちゃん」
その声は、まるで風に揺れるレースのように柔らかい。
「今、貴之さんが、どんなふうに麻里ちゃんを大切に思っているか……ちゃんと、伝わってる?」
麻里子は少しだけ瞬きをして、視線を落とした。
「……わかってる、つもりです」
「つもり、ね」
美和子は微笑んだが、優しい目の奥に、どこか静かな深さがあった。
「でも、気持ちってね、伝わるようで伝わらないものなの。受け取る準備ができていないと、まるで見えないこともあるのよ」
麻里子はそっと指先を組み直す。
美和子は続けた。
麻里子はそっと指先を組み直す。
美和子は続けた。
「彼が麻里ちゃんに向けている想いは、たぶん、簡単な言葉では表せない。……麻里ちゃんは、それを怖がってない?」
「……わたし、よくわからないんです」
「でもね、麻里ちゃん。本当に大切な人って、“怖い”を超えても残るの」
美和子の言葉に、麻里子は思わず問いかけた。
「……どういう意味ですか?」
問いかける麻里子の声には、どこか幼い迷いが混じっていた。
美和子はふっと優しく笑って、カップをそっとソーサーに戻した。
美和子は少し微笑んで、静かに言葉を紡いだ。
「人を本気で好きになると、不安や怖さがついてくるものよ。嫌われるかもしれない、自分だけが重たすぎるかもしれないって、心が勝手に怯えるの」
麻里子は、じっと美和子の言葉に耳を傾ける。
「だからね、たいていの“好き”は、その怖さに負けて、少しずつ薄れていくの。でもね、本当に大切な人への想いは──怖いと思っても、それでも消えないの。忘れようとしても、心が何度もその人の方を向いてしまうのよ」
「……」
「頭じゃ止めようとしても、心が勝手に向いてしまう……そういうのって、もう理屈じゃなくて、本能みたいなものよね。怖くても、それでも想いが残る──それが、本質的な愛情なんだと思うの」
「……本質的な愛情、って……どういうことですか?」
エントランスに足を踏み入れた麻里子は、ちょうどエレベーターから降りてきた美和子と目が合った。
「あ、麻里ちゃん」
「美和子さん、お待たせしてすみません」
「ううん、今来たところよ」
タクシーで向かったのは、閑静な通りに佇むカフェ・ルシェリ。
小さな看板と花の香りが漂うテラスが印象的だった。
「ここのケーキ、美味しいのよ」
美和子が笑顔で言う。
「私、来るのは初めてなんです。でも……ケーキは一度だけ、いただいたことがあって……」
ふと記憶が蘇る。
あの日、貴之が何気なく差し出してくれたケーキ。
ほんのりと甘くて、優しい味だった。
麻里子はそのことを口にしかけて、言葉を飲み込んだ。
カフェに入り、テーブルにつくと、美和子が少しだけ声を落とした。
「ねえ、麻里ちゃん。……貴之さんとのこと、聞いてもいいかしら?」
麻里子はわずかに瞳を伏せ、小さく頷いた。
「……はい」
「麻里ちゃんは、貴之さんのこと、どう思っているの?」
曖昧な質問に、麻里子は答えを探して、指先を軽く組んだまま、黙った。
「彼のこと、もう……嫌いになった?」
その問いに、麻里子はゆっくりと首を横に振る。
「……じゃあ、今でも……彼のことが、好き?」
その言葉に、麻里子の肩がわずかに震えた。
唇がほんのりと開いて、静かに、けれど確かに──
「……はい」
カフェ・ルシェリのテーブルに、ふたり分の紅茶とサンドイッチが運ばれてくる。
香り高いアールグレイが静かに立ちのぼり、しばし会話の間を包んだ。
美和子はカップに手を添えたまま、そっと麻里子に目を向けた。
「ねえ、麻里ちゃん」
その声は、まるで風に揺れるレースのように柔らかい。
「今、貴之さんが、どんなふうに麻里ちゃんを大切に思っているか……ちゃんと、伝わってる?」
麻里子は少しだけ瞬きをして、視線を落とした。
「……わかってる、つもりです」
「つもり、ね」
美和子は微笑んだが、優しい目の奥に、どこか静かな深さがあった。
「でも、気持ちってね、伝わるようで伝わらないものなの。受け取る準備ができていないと、まるで見えないこともあるのよ」
麻里子はそっと指先を組み直す。
美和子は続けた。
麻里子はそっと指先を組み直す。
美和子は続けた。
「彼が麻里ちゃんに向けている想いは、たぶん、簡単な言葉では表せない。……麻里ちゃんは、それを怖がってない?」
「……わたし、よくわからないんです」
「でもね、麻里ちゃん。本当に大切な人って、“怖い”を超えても残るの」
美和子の言葉に、麻里子は思わず問いかけた。
「……どういう意味ですか?」
問いかける麻里子の声には、どこか幼い迷いが混じっていた。
美和子はふっと優しく笑って、カップをそっとソーサーに戻した。
美和子は少し微笑んで、静かに言葉を紡いだ。
「人を本気で好きになると、不安や怖さがついてくるものよ。嫌われるかもしれない、自分だけが重たすぎるかもしれないって、心が勝手に怯えるの」
麻里子は、じっと美和子の言葉に耳を傾ける。
「だからね、たいていの“好き”は、その怖さに負けて、少しずつ薄れていくの。でもね、本当に大切な人への想いは──怖いと思っても、それでも消えないの。忘れようとしても、心が何度もその人の方を向いてしまうのよ」
「……」
「頭じゃ止めようとしても、心が勝手に向いてしまう……そういうのって、もう理屈じゃなくて、本能みたいなものよね。怖くても、それでも想いが残る──それが、本質的な愛情なんだと思うの」
「……本質的な愛情、って……どういうことですか?」