その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
金曜日。仕事を終えた麻里子は、待ち合わせのカフェへと足を運んだ。今夜は、兄の友人である坂本和彦と一緒に、彼の叔母が営む小料理屋に行く予定だ。
直接店で落ち合うつもりだったが、坂本のその日の取引先が麻里子の職場の近くだということで、カフェで合流してから一緒に向かうことになった。
和彦は兄の小学校時代からの親友で、麻里子のことを幼い頃から実の妹のようにかわいがってきた。麻里子にとっても、無条件に気を許せる数少ない「兄のような存在」の一人だ。
ブレンドコーヒーを注文し、和彦からの「少し遅れるね」というメッセージを確認すると、麻里子はバッグから文庫本を取り出した。お気に入りの女流作家による、料理を題材にしたユーモアたっぷりのエッセイだ。ページをめくるたびに、クスリと笑いが漏れそうになる。
やがてカフェのドアが開き、背の高い男性が手を軽く振って入ってきた。
「麻里ちゃん、久しぶり。待たせてごめんね」
和彦が向かいの席に腰を下ろす。
「俺、冷たいの飲みたいな。注文してもいい? それとも、すぐにおばさんの店に向かう?」
「ううん、かずちゃんに聞きたいこともあるし、ゆっくりしていこう。飲み物、注文して」
麻里子は笑顔でそう返し、久々の再会にほっとしたように目を細めた。
「麻里ちゃん、本当に今の仕事、辞めちゃって大丈夫なのか?」
カフェのテーブル越しに、和彦が少し心配そうに尋ねた。
「うん。……すごく悩んだけどね。でも、どうしても料理のこと、やってみたかったの」
麻里子はそう言って、小さく息を吐いた。肩の力がふっと抜けたようだった。
「かずちゃん、おばさんに話してくれて、本当にありがとう。すごく助かったわ」
「そっか、それならよかったよ。おばさんも安心してたよ。今、人を一から雇うのって、なかなか大変だからな」
「それにしても思い切ったなあ」
「うん。私、独り身だし、子どももいないし……だからこそ、後悔する前にやってみようって思ったの」
麻里子は笑みを浮かべながら、少し照れくさそうにコーヒーカップを両手で包んだ。
「かずちゃんは、たしか三人のパパだよね。にぎやかそう」
和彦は苦笑しながらも、目尻を下げた。
「大変だけどな。でも、幸せをもらってるよ。何しろ、子どもってさ、こっちの想像のずっと上をいく言動するから、面白いよ。毎日が発見」
「わあ、いいなあ」
麻里子がほっこりとした表情を浮かべると、和彦はふと思い出したように言った。
「そうだ、洋子が“今度、麻里ちゃんも遊びにおいで”って言ってたよ」
「ほんと? 行く行く! うれしい!」
麻里子はパッと顔を輝かせた。その無邪気な笑顔に、和彦も思わず目を細めた。
直接店で落ち合うつもりだったが、坂本のその日の取引先が麻里子の職場の近くだということで、カフェで合流してから一緒に向かうことになった。
和彦は兄の小学校時代からの親友で、麻里子のことを幼い頃から実の妹のようにかわいがってきた。麻里子にとっても、無条件に気を許せる数少ない「兄のような存在」の一人だ。
ブレンドコーヒーを注文し、和彦からの「少し遅れるね」というメッセージを確認すると、麻里子はバッグから文庫本を取り出した。お気に入りの女流作家による、料理を題材にしたユーモアたっぷりのエッセイだ。ページをめくるたびに、クスリと笑いが漏れそうになる。
やがてカフェのドアが開き、背の高い男性が手を軽く振って入ってきた。
「麻里ちゃん、久しぶり。待たせてごめんね」
和彦が向かいの席に腰を下ろす。
「俺、冷たいの飲みたいな。注文してもいい? それとも、すぐにおばさんの店に向かう?」
「ううん、かずちゃんに聞きたいこともあるし、ゆっくりしていこう。飲み物、注文して」
麻里子は笑顔でそう返し、久々の再会にほっとしたように目を細めた。
「麻里ちゃん、本当に今の仕事、辞めちゃって大丈夫なのか?」
カフェのテーブル越しに、和彦が少し心配そうに尋ねた。
「うん。……すごく悩んだけどね。でも、どうしても料理のこと、やってみたかったの」
麻里子はそう言って、小さく息を吐いた。肩の力がふっと抜けたようだった。
「かずちゃん、おばさんに話してくれて、本当にありがとう。すごく助かったわ」
「そっか、それならよかったよ。おばさんも安心してたよ。今、人を一から雇うのって、なかなか大変だからな」
「それにしても思い切ったなあ」
「うん。私、独り身だし、子どももいないし……だからこそ、後悔する前にやってみようって思ったの」
麻里子は笑みを浮かべながら、少し照れくさそうにコーヒーカップを両手で包んだ。
「かずちゃんは、たしか三人のパパだよね。にぎやかそう」
和彦は苦笑しながらも、目尻を下げた。
「大変だけどな。でも、幸せをもらってるよ。何しろ、子どもってさ、こっちの想像のずっと上をいく言動するから、面白いよ。毎日が発見」
「わあ、いいなあ」
麻里子がほっこりとした表情を浮かべると、和彦はふと思い出したように言った。
「そうだ、洋子が“今度、麻里ちゃんも遊びにおいで”って言ってたよ」
「ほんと? 行く行く! うれしい!」
麻里子はパッと顔を輝かせた。その無邪気な笑顔に、和彦も思わず目を細めた。