その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
抱き寄せられた瞬間だった。
麻里子の胸の奥に、ふいに美和子の声が蘇る。
「でも、気持ちってね、伝わるようで伝わらないものなの。
受け取る準備ができていないと、まるで見えないこともあるのよ」
そうか。
あのときの私は、まだ準備ができていなかったのだ。
怖くて、疑って、見ようとしなかった。
けれど今、こうして彼の体温に触れていると、すべてが染み込んでくる。
怒りも、嫉妬も、悲しみも、その奥にある、不器用な愛まで。
貴之の胸に耳を寄せると、強く早く打ち続ける鼓動が聞こえた。
それは言葉よりも確かに、彼の想いを語っていた。
麻里子は、そっと両腕を回した。
自分から、貴之を抱きしめる。
彼の身体がびくりと震えた。
驚いたように、怯えたように。
まるで、赦しというものに不意を突かれたように。
その震えが、麻里子の心にまで伝わってくる。
こんなふうに、彼もまた、ずっと不安だったのだ。
「……麻里子、すまない」
貴之はそっと麻里子の腕の中から身を引いた。
視線を合わせることもできず、かすれた声で、それでも言葉を絞り出すように。
彼の瞳に宿るのは、怒りの名残ではなかった。
ただ、後悔と、深い自省。
そして、彼女を傷つけてしまった自分への、静かな嫌悪だった。
麻里子は、その姿に、胸が締めつけられるような思いを覚えた。
麻里子は、そっと手を伸ばした。
貴之の頬に両手を添え、その目をまっすぐに見つめる。
「……いいの」
柔らかな声だった。けれど、その奥に確かな意志があった。
「私がきちんと話していなかったから、あなたが怒るのも当然だと思う」
貴之の瞳が、わずかに揺れる。
責められることを覚悟していたのだろう。
けれど、そこにあったのは思いやりだった。
「さっきの男性……坂本和彦さんって言ってね、私の兄の親友なの。
小さい頃からずっと知ってて、私にとっては第二のお兄ちゃんみたいな人なのよ」
麻里子の手が、そっと貴之の頬を撫でる。
その優しい仕草が、胸の奥の冷たく固まったものを少しずつ溶かしていく。
「来月から、ちょっとだけアルバイトすることになってて。
そのお店、かずちゃんのおばさん、志乃さんが経営してるの。
今日は久しぶりに会ったから、三人で話が弾んじゃって……つい、こんな時間になってしまったの」
一つひとつの言葉を選ぶように、丁寧に。
まるで貴之の心に直接触れるように。
しばらくの沈黙が落ちた。
そして…
「……そうか」
貴之がぽつりとつぶやいた。
その声には、いくつもの感情が重なっていた。
安堵。後悔。自己嫌悪。そして、微かに滲む哀しみ。
「……全部、思い込みだったんだな。勝手に決めつけて、お前を責めて……」
苦しそうに眉をひそめながらも、貴之は麻里子の手に自分の手を重ねた。
そのぬくもりに、ようやく本当の意味で落ち着きを取り戻していく。
麻里子の胸の奥に、ふいに美和子の声が蘇る。
「でも、気持ちってね、伝わるようで伝わらないものなの。
受け取る準備ができていないと、まるで見えないこともあるのよ」
そうか。
あのときの私は、まだ準備ができていなかったのだ。
怖くて、疑って、見ようとしなかった。
けれど今、こうして彼の体温に触れていると、すべてが染み込んでくる。
怒りも、嫉妬も、悲しみも、その奥にある、不器用な愛まで。
貴之の胸に耳を寄せると、強く早く打ち続ける鼓動が聞こえた。
それは言葉よりも確かに、彼の想いを語っていた。
麻里子は、そっと両腕を回した。
自分から、貴之を抱きしめる。
彼の身体がびくりと震えた。
驚いたように、怯えたように。
まるで、赦しというものに不意を突かれたように。
その震えが、麻里子の心にまで伝わってくる。
こんなふうに、彼もまた、ずっと不安だったのだ。
「……麻里子、すまない」
貴之はそっと麻里子の腕の中から身を引いた。
視線を合わせることもできず、かすれた声で、それでも言葉を絞り出すように。
彼の瞳に宿るのは、怒りの名残ではなかった。
ただ、後悔と、深い自省。
そして、彼女を傷つけてしまった自分への、静かな嫌悪だった。
麻里子は、その姿に、胸が締めつけられるような思いを覚えた。
麻里子は、そっと手を伸ばした。
貴之の頬に両手を添え、その目をまっすぐに見つめる。
「……いいの」
柔らかな声だった。けれど、その奥に確かな意志があった。
「私がきちんと話していなかったから、あなたが怒るのも当然だと思う」
貴之の瞳が、わずかに揺れる。
責められることを覚悟していたのだろう。
けれど、そこにあったのは思いやりだった。
「さっきの男性……坂本和彦さんって言ってね、私の兄の親友なの。
小さい頃からずっと知ってて、私にとっては第二のお兄ちゃんみたいな人なのよ」
麻里子の手が、そっと貴之の頬を撫でる。
その優しい仕草が、胸の奥の冷たく固まったものを少しずつ溶かしていく。
「来月から、ちょっとだけアルバイトすることになってて。
そのお店、かずちゃんのおばさん、志乃さんが経営してるの。
今日は久しぶりに会ったから、三人で話が弾んじゃって……つい、こんな時間になってしまったの」
一つひとつの言葉を選ぶように、丁寧に。
まるで貴之の心に直接触れるように。
しばらくの沈黙が落ちた。
そして…
「……そうか」
貴之がぽつりとつぶやいた。
その声には、いくつもの感情が重なっていた。
安堵。後悔。自己嫌悪。そして、微かに滲む哀しみ。
「……全部、思い込みだったんだな。勝手に決めつけて、お前を責めて……」
苦しそうに眉をひそめながらも、貴之は麻里子の手に自分の手を重ねた。
そのぬくもりに、ようやく本当の意味で落ち着きを取り戻していく。