その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
食卓を囲みながら、二人で今日の出来事を振り返るうちに、酒も食も自然と進んでいった。
「……まさか、あのタイミングで転ぶとはね」
麻里子がくすくすと笑いながらグラスを傾ける。その頬はうっすらと紅く染まり、目元はほんのりと緩んでいる。いつもより口数が少し多く、笑い方もどこか無防備で、可愛らしい。
ほろ酔いの麻里子を見ながら、貴之はふと時計に目をやった。
—そろそろ、帰る時間か。
「片づけ、手伝うよ」
「ううん、いいのに……でも、助かるわ」
そう言いながら、ふたりで手分けしてキッチンとテーブルを片づけていく。無言の時間さえ心地よく、まるで長年連れ添ったような自然な呼吸だった。
最後の皿をしまい終えると、貴之はジャケットを手に玄関へと向かった。
「今日は、ありがとう。どれも本当にうまかった。……ごちそうさま」
「こちらこそ。来てくれてありがとう」
麻里子もスリッパのまま玄関まで出て、そっと扉を開ける。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。気をつけてね」
扉が静かに閉まると、麻里子はそのまましばらく、名残惜しそうにそこに立ち尽くしていた。
やがて照明を落とし、歯を磨いて、ベッドにもぐり込む。
心地よい疲労感と、胸の奥にふんわりと灯ったぬくもり。
誰かと食卓を囲む幸福を、こんなにも深く感じたのは久しぶりだった。
麻里子は、ノースリーブのゆったりとした濃紺のワンピースを身にまとっていた。
光を受けてわずかに艶めく布地と、その下にのぞく白い肌のコントラストが目を引く。
色白のその肌は、日常の中ではほとんど見せない麻里子の一面を浮き彫りにしていて、貴之は思わず目を奪われる。
ゆるく下の方で結い上げられた髪型は、彼女のうなじを際立たせていた。
無防備なそのラインを目にするたび、貴之の胸の奥に熱が灯る。
—キスしたい。
その衝動を、理性で必死に押し留める。
ふいに髪が揺れて、うなじがちらりとのぞくたび、その欲求は喉元まで込み上げてくる。
会社ではきっちりと低めにまとめた髪に、シャープなスーツ姿。
同じ人間なのに、どうしてこんなにも印象が違うのかと、時折混乱するほどだ。
それでも、どちらの麻里子も確かに彼を惹きつける。
そして──鎖骨。
あの夜。
ジャケットを脱がせた瞬間、思わず見惚れてしまった、あの繊細なライン。
視線を向けただけで、喉が渇くような感覚があった。
口づけたい。
唇をそっと這わせて、彼女の反応をこの目で確かめたい。
どんな顔をするのか、どんな声を漏らすのか…想像するだけで、奥底が疼いた。
けれど、それはまだ、叶えてはいけない衝動だった。
貴之はグラスを傾けるふりをして、心を静める。
彼女を急がせたくない。
けれど、抑えることが難しいほど、惹かれている。
ほんの少しの距離が、もどかしい。
だけど、その“間”すらも、甘い。
彼女の無意識の色気に、今日もまた翻弄されている自分がいる。
「……まさか、あのタイミングで転ぶとはね」
麻里子がくすくすと笑いながらグラスを傾ける。その頬はうっすらと紅く染まり、目元はほんのりと緩んでいる。いつもより口数が少し多く、笑い方もどこか無防備で、可愛らしい。
ほろ酔いの麻里子を見ながら、貴之はふと時計に目をやった。
—そろそろ、帰る時間か。
「片づけ、手伝うよ」
「ううん、いいのに……でも、助かるわ」
そう言いながら、ふたりで手分けしてキッチンとテーブルを片づけていく。無言の時間さえ心地よく、まるで長年連れ添ったような自然な呼吸だった。
最後の皿をしまい終えると、貴之はジャケットを手に玄関へと向かった。
「今日は、ありがとう。どれも本当にうまかった。……ごちそうさま」
「こちらこそ。来てくれてありがとう」
麻里子もスリッパのまま玄関まで出て、そっと扉を開ける。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい。気をつけてね」
扉が静かに閉まると、麻里子はそのまましばらく、名残惜しそうにそこに立ち尽くしていた。
やがて照明を落とし、歯を磨いて、ベッドにもぐり込む。
心地よい疲労感と、胸の奥にふんわりと灯ったぬくもり。
誰かと食卓を囲む幸福を、こんなにも深く感じたのは久しぶりだった。
麻里子は、ノースリーブのゆったりとした濃紺のワンピースを身にまとっていた。
光を受けてわずかに艶めく布地と、その下にのぞく白い肌のコントラストが目を引く。
色白のその肌は、日常の中ではほとんど見せない麻里子の一面を浮き彫りにしていて、貴之は思わず目を奪われる。
ゆるく下の方で結い上げられた髪型は、彼女のうなじを際立たせていた。
無防備なそのラインを目にするたび、貴之の胸の奥に熱が灯る。
—キスしたい。
その衝動を、理性で必死に押し留める。
ふいに髪が揺れて、うなじがちらりとのぞくたび、その欲求は喉元まで込み上げてくる。
会社ではきっちりと低めにまとめた髪に、シャープなスーツ姿。
同じ人間なのに、どうしてこんなにも印象が違うのかと、時折混乱するほどだ。
それでも、どちらの麻里子も確かに彼を惹きつける。
そして──鎖骨。
あの夜。
ジャケットを脱がせた瞬間、思わず見惚れてしまった、あの繊細なライン。
視線を向けただけで、喉が渇くような感覚があった。
口づけたい。
唇をそっと這わせて、彼女の反応をこの目で確かめたい。
どんな顔をするのか、どんな声を漏らすのか…想像するだけで、奥底が疼いた。
けれど、それはまだ、叶えてはいけない衝動だった。
貴之はグラスを傾けるふりをして、心を静める。
彼女を急がせたくない。
けれど、抑えることが難しいほど、惹かれている。
ほんの少しの距離が、もどかしい。
だけど、その“間”すらも、甘い。
彼女の無意識の色気に、今日もまた翻弄されている自分がいる。