その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
麻里子の瞼が完全に閉じ、寝息が安定したのを見届けて、
貴之の口元が、ほんのわずかに緩んだ。

(ようやく……一歩目、だ)

酒が入っているとはいえ、彼の思考は冴えている。
貴之は、もともと酒豪だ。宴席では底なしに見える麻里子でさえ、内心では「かなり飲める」と評されるほどだが—
貴之にとっては、まだ序の口に過ぎなかった。

(油断してくれたのは……ありがたい)

慎重に、腕の中から麻里子の体を離す。
腕の中の温もりが名残惜しい。けれど、それ以上に彼の中には確かな目的があった。

月明かりが差し込む静かな寝室。
貴之は眠る麻里子を見下ろし、ふっと息をつく。

(……可愛いな)

彼女の頬の淡い紅潮、無防備な寝顔。
こんなにも近くにいながら、これまで触れることすら躊躇してきた自分に、内心で苦笑する。

そっと麻里子の上体を起こし、彼女のスーツのジャケットを慎重にに脱がせる。
下に隠れていた薄手のブラウスの襟元から、ふいに現れた鎖骨のライン。

貴之の視線がそこに吸い寄せられた。

(……こんなふうに、隠してたんだな)

思わず、唇を落とした。
軽く、触れるだけ。彼女が目を覚まさないように、そっと、でも、確かに。

(もう……計画に移してもいいよな)

そう自分に言い聞かせるように、貴之は麻里子の髪に指を滑らせる。
柔らかな髪をそっと撫でながら、目を細めるその表情には、いつになく穏やかな色が浮かんでいた。

(お前が俺のものになるまで、そう時間はかからない)

静かに横たわりながら、麻里子の寝顔に最後の視線を落とす。

そして貴之も、静かな夜に身を委ねるように、ゆっくりと眠りに落ちていった。
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