その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
「……誰だろう、こんな時間に?」
麻里子はドライヤーのスイッチを切り、不意に聞こえたノックの音に耳を傾けた。
激しく叩く音ではない。けれど、確かにそこに誰かがいる気配がした。
そっと玄関のレンズを覗いた瞬間、麻里子の胸がふっと高鳴る。
—所長…?
戸惑いながらもドアを開けると、やはりそこには彼がいた。
Tシャツにジャージの、リラックスした装い。手にはビニール袋が下がっている。
「……悪い。ベルは押したんだけどな」
少し照れたように貴之が言う。
「あ……ごめんなさい。ドライヤーかけていて、気づかなかったんです」
麻里子が慌てて頭を下げると、貴之は袋を軽く持ち上げた。
「ビール、買ってきた。……この間、君の冷蔵庫から飲んだから」
それきり、言葉が途切れた。
いつものようにスラスラとは喋らない。その沈黙に、少しだけ本気の気配を感じて、麻里子は一瞬だけ戸惑う。
でも、すぐに小さく微笑んで言った。
「……ありがとうございます。よかったら、上がっていきますか?」
そのひと言に、貴之の表情がぱっと明るくなる。
「上がらせてもらう。一緒に、飲みたかったんだ」
まるで少年のような無防備な笑顔に、麻里子の胸がじんわりと温かくなる。
—こんな夜も、悪くない。
二人の距離が、そっと近づいた静かな夜。
何気ない言葉の奥に、確かな想いがにじんでいた。
麻里子が静かに玄関の扉を閉めた。
カチリと鍵がかかる音が、夜の静寂にふっと溶けていく。
その瞬間、背後からそっと温もりが迫る。
「……麻里子」
名を呼ばれた途端、肩がわずかに震えた。
振り返るよりも早く、貴之の腕が彼女をそっと包み込む。
力づくではない。
けれど、そこには確かな熱と想いが込められていた。
麻里子は驚きながらも、その胸に身を委ねた。
鼓動の音が近くで聞こえる。どこかぎこちなく、でも真っ直ぐな優しさが、肌越しに伝わってくる。
そして—
貴之がゆっくりと顔を寄せ、麻里子の唇にそっと口づけた。
浅く、ためらいがちに触れたあと、彼はもう一度、今度は少しだけ深く唇を重ねる。
ゆっくりと、じっくりと。
まるで、長い時間をかけてこの瞬間にたどり着いたことを、確かめるように。
麻里子の呼吸が少しずつ乱れていく。
けれど、それを包み込むように、貴之のキスは優しく続いた。
「会いたかった」
低く、けれどまっすぐな声で、貴之がそう告げる。
腕の中の麻里子を見つめ、その瞳の奥にためらいも遠慮もなく、感情が宿っていた。
麻里子がそっと顔を上げ、彼の目を見つめ返す。
その瞬間、貴之が続けた。
「麻里子、……好きだ」
短くて、ただそれだけの言葉。
でも、込められた熱が胸にじんわりとしみ込んでくる。
麻里子は目を見開いた。
まさか、こんなふうに言われるとは思っていなかった。
心の奥をそっと撫でられたようで、うまく呼吸ができなくなる。
言葉が出てこない。
けれど、鼓動だけが正直に、どんどん速くなっていく。
—どうして、そんなふうにまっすぐ言えるの……
でも、どうしてだろう。
嬉しいと思ってしまった。
沈黙の中で、二人の間に流れる時間がゆっくりと濃くなっていった。
麻里子はドライヤーのスイッチを切り、不意に聞こえたノックの音に耳を傾けた。
激しく叩く音ではない。けれど、確かにそこに誰かがいる気配がした。
そっと玄関のレンズを覗いた瞬間、麻里子の胸がふっと高鳴る。
—所長…?
戸惑いながらもドアを開けると、やはりそこには彼がいた。
Tシャツにジャージの、リラックスした装い。手にはビニール袋が下がっている。
「……悪い。ベルは押したんだけどな」
少し照れたように貴之が言う。
「あ……ごめんなさい。ドライヤーかけていて、気づかなかったんです」
麻里子が慌てて頭を下げると、貴之は袋を軽く持ち上げた。
「ビール、買ってきた。……この間、君の冷蔵庫から飲んだから」
それきり、言葉が途切れた。
いつものようにスラスラとは喋らない。その沈黙に、少しだけ本気の気配を感じて、麻里子は一瞬だけ戸惑う。
でも、すぐに小さく微笑んで言った。
「……ありがとうございます。よかったら、上がっていきますか?」
そのひと言に、貴之の表情がぱっと明るくなる。
「上がらせてもらう。一緒に、飲みたかったんだ」
まるで少年のような無防備な笑顔に、麻里子の胸がじんわりと温かくなる。
—こんな夜も、悪くない。
二人の距離が、そっと近づいた静かな夜。
何気ない言葉の奥に、確かな想いがにじんでいた。
麻里子が静かに玄関の扉を閉めた。
カチリと鍵がかかる音が、夜の静寂にふっと溶けていく。
その瞬間、背後からそっと温もりが迫る。
「……麻里子」
名を呼ばれた途端、肩がわずかに震えた。
振り返るよりも早く、貴之の腕が彼女をそっと包み込む。
力づくではない。
けれど、そこには確かな熱と想いが込められていた。
麻里子は驚きながらも、その胸に身を委ねた。
鼓動の音が近くで聞こえる。どこかぎこちなく、でも真っ直ぐな優しさが、肌越しに伝わってくる。
そして—
貴之がゆっくりと顔を寄せ、麻里子の唇にそっと口づけた。
浅く、ためらいがちに触れたあと、彼はもう一度、今度は少しだけ深く唇を重ねる。
ゆっくりと、じっくりと。
まるで、長い時間をかけてこの瞬間にたどり着いたことを、確かめるように。
麻里子の呼吸が少しずつ乱れていく。
けれど、それを包み込むように、貴之のキスは優しく続いた。
「会いたかった」
低く、けれどまっすぐな声で、貴之がそう告げる。
腕の中の麻里子を見つめ、その瞳の奥にためらいも遠慮もなく、感情が宿っていた。
麻里子がそっと顔を上げ、彼の目を見つめ返す。
その瞬間、貴之が続けた。
「麻里子、……好きだ」
短くて、ただそれだけの言葉。
でも、込められた熱が胸にじんわりとしみ込んでくる。
麻里子は目を見開いた。
まさか、こんなふうに言われるとは思っていなかった。
心の奥をそっと撫でられたようで、うまく呼吸ができなくなる。
言葉が出てこない。
けれど、鼓動だけが正直に、どんどん速くなっていく。
—どうして、そんなふうにまっすぐ言えるの……
でも、どうしてだろう。
嬉しいと思ってしまった。
沈黙の中で、二人の間に流れる時間がゆっくりと濃くなっていった。