その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
麻里子の飲むペースが、思ったより早い。
けれど、それなりにしっかり食べているし、彼女が「宴会モード」になるときの飲酒量も、貴之はなんとなく把握している。
今夜の麻里子は、ほんのりと頬を染めて、気持ちよさそうに笑っていた。
その笑顔に、全身の力が抜けて、まるで春の午後の陽だまりのようにやわらかな空気をまとっている。
—こんなに笑う人だったんだな。
敬語はすっかり抜けて、言葉も表情も、いつもよりずっと自由だ。
楽しそうに、他愛もない話を弾ませるその姿は、どこか少女のようで、愛おしくてたまらなかった。
「……麻里子」
恐る恐る、そっとその肩を抱き寄せる。
彼女が拒まないのを確認しながら、膝の上に横抱きにして乗せた。
「ん……」
少しだけ声を漏らしたあと、麻里子は抵抗することなく、すとんと貴之にもたれかかってくる。
その体からふわりと香る、ボディークリームのような甘い香りが鼻先をかすめ、貴之の理性をくすぐった。
柔らかくて、あたたかくて、無防備で。
まるで腕の中に、ひとつの夢を抱いているようだった。
「なあ、麻里子。……あの本棚の本、全部君が読むのか?」
「うん、そうよ。どうして?」
「溺愛小説、見つけた」
「……あー、見られちゃったのね」
麻里子は頬を染めながら、照れくさそうに笑う。
「恥ずかしいけど、最近ハマっちゃってる趣味なの。
仕事で疲れて帰ってきた日でも、さらっと読めるし、胸がときめくし……“私もこんなふうに愛されたらな”って、夢を見られるから」
そこまで話して、麻里子は少し照れたように眉を下げた。
「こんなふうに、誰かと人生を共にできたらいいな、って。
……うまく説明できないんだけど、そういう“幸せな気分”になれるの。たとえほんのひとときでも」
「……」
貴之は黙って、彼女の頭を優しく撫でた。
麻里子はその手に甘えるように、目を細めて続ける。
「他の人が知ったら、年甲斐もなくって思われるのはわかってる。でも……自分の心の中や頭の中で何を思うかは、自由でしょ?
たとえ現実じゃなくても、私を一瞬でも幸せにしてくれるものなら、それはもう、大事にしていいって思ってるの」
そう言った麻里子の表情は、どこか凛としていて、でも柔らかくて—貴之の胸の奥に、静かに沁み込んでいった。
けれど、それなりにしっかり食べているし、彼女が「宴会モード」になるときの飲酒量も、貴之はなんとなく把握している。
今夜の麻里子は、ほんのりと頬を染めて、気持ちよさそうに笑っていた。
その笑顔に、全身の力が抜けて、まるで春の午後の陽だまりのようにやわらかな空気をまとっている。
—こんなに笑う人だったんだな。
敬語はすっかり抜けて、言葉も表情も、いつもよりずっと自由だ。
楽しそうに、他愛もない話を弾ませるその姿は、どこか少女のようで、愛おしくてたまらなかった。
「……麻里子」
恐る恐る、そっとその肩を抱き寄せる。
彼女が拒まないのを確認しながら、膝の上に横抱きにして乗せた。
「ん……」
少しだけ声を漏らしたあと、麻里子は抵抗することなく、すとんと貴之にもたれかかってくる。
その体からふわりと香る、ボディークリームのような甘い香りが鼻先をかすめ、貴之の理性をくすぐった。
柔らかくて、あたたかくて、無防備で。
まるで腕の中に、ひとつの夢を抱いているようだった。
「なあ、麻里子。……あの本棚の本、全部君が読むのか?」
「うん、そうよ。どうして?」
「溺愛小説、見つけた」
「……あー、見られちゃったのね」
麻里子は頬を染めながら、照れくさそうに笑う。
「恥ずかしいけど、最近ハマっちゃってる趣味なの。
仕事で疲れて帰ってきた日でも、さらっと読めるし、胸がときめくし……“私もこんなふうに愛されたらな”って、夢を見られるから」
そこまで話して、麻里子は少し照れたように眉を下げた。
「こんなふうに、誰かと人生を共にできたらいいな、って。
……うまく説明できないんだけど、そういう“幸せな気分”になれるの。たとえほんのひとときでも」
「……」
貴之は黙って、彼女の頭を優しく撫でた。
麻里子はその手に甘えるように、目を細めて続ける。
「他の人が知ったら、年甲斐もなくって思われるのはわかってる。でも……自分の心の中や頭の中で何を思うかは、自由でしょ?
たとえ現実じゃなくても、私を一瞬でも幸せにしてくれるものなら、それはもう、大事にしていいって思ってるの」
そう言った麻里子の表情は、どこか凛としていて、でも柔らかくて—貴之の胸の奥に、静かに沁み込んでいった。