その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
「麻里子」
名を呼ぶ声が、いつもより低くて、胸の奥に届いた。
ふいに真剣なまなざしを向けられて、息が止まりそうになる。
「もっと、お前に触れたい。……いいか?」
その言葉は、熱を孕んでいたけれど、どこまでも誠実だった。
強引でもなく、ただ彼の気持ちを、まっすぐに伝えてくる。
麻里子は視線を落とす。
鼓動が早くなって、手のひらがじんわりと熱くなる。
今のふたりの距離が、これ以上近づいたら戻れない—そんな予感がした。
けれど。
「……こわいの」
ぽつりと漏れた言葉に、自分でも驚いた。
こんな風に誰かに求められること。
心も、体も、全部で愛されること。
「でも……嫌じゃないわ」
言いながら、麻里子はそっと彼の手に、自分の指先を重ねた。
その一瞬に、貴之の瞳が深く揺れる。
貴之の手が、そっと麻里子の頬に触れる。
指先はまるで、壊れものに触れるように優しくて、けれど確かに熱を帯びていた。
「……本当に、触れるよ?」
低く静かな声が、胸の奥に響く。
麻里子は、こくりと小さくうなずいた。
言葉にはできないけれど、そのしぐさが、すべての答えだった。
唇が、そっと額に落ちた。
続けて、まぶた、頬、そして唇へと……
時間をかけて、慈しむように触れてくるそのぬくもりに、体の奥からほどけていくような感覚が広がっていく。
麻里子は、ただ目を閉じて、その愛しさを受けとめた。
腕の中に包まれて、背中をなぞる指の感触に、小さな吐息が漏れる。
けれど
彼は、決して焦らなかった。
肌に触れても、深く求めようとはしない。
その優しさに、麻里子の胸がきゅっと締めつけられる。
「今日は、これ以上はやめておこう」
耳元で、そっと囁く声。
「お前を大切にしたい。……ちゃんと、心ごと」
その言葉に、麻里子の瞳が潤んだ。
心まで抱かれている。
そう感じた瞬間、ふわりとした眠気が押し寄せてくる。
「貴之さん……」
そう呼ぶ声が、すでに夢の中に溶けていきそうだった。
貴之は、その髪を一度だけ撫でた。
「おやすみ、麻里子」
麻里子の寝息が、すう、と静かに整っていく。
貴之はそっと彼女の体を抱き上げた。
その軽さに、胸の奥がぎゅっとなる。
こんなにも小さくて、頼りなげな背中を、どうして今まで放っておけたのか—
そう思いながら、ベッドにそっと寝かせる。
毛布をかけると、麻里子は小さく身じろぎして、また静かに眠りの深みに沈んでいった。
貴之は部屋の明かりを落とし、テーブルのグラスや食器を静かに片づける。
音を立てないように、ひとつひとつ手をかけるその仕草には、まるで祈るような丁寧さがあった。
すべてを終えたあと、ふと寝室のドアをそっと開けて、もう一度彼女の寝顔を確かめる。
何も言わず、何も求めず、ただそこにいてくれるだけで、胸が満たされていく。
貴之はリビングに戻り、ソファにゆっくりと腰を下ろした。
背もたれに頭を預け、目を閉じる。
—いい夢を。
貴之もまた、静かに眠りへと落ちていった。
名を呼ぶ声が、いつもより低くて、胸の奥に届いた。
ふいに真剣なまなざしを向けられて、息が止まりそうになる。
「もっと、お前に触れたい。……いいか?」
その言葉は、熱を孕んでいたけれど、どこまでも誠実だった。
強引でもなく、ただ彼の気持ちを、まっすぐに伝えてくる。
麻里子は視線を落とす。
鼓動が早くなって、手のひらがじんわりと熱くなる。
今のふたりの距離が、これ以上近づいたら戻れない—そんな予感がした。
けれど。
「……こわいの」
ぽつりと漏れた言葉に、自分でも驚いた。
こんな風に誰かに求められること。
心も、体も、全部で愛されること。
「でも……嫌じゃないわ」
言いながら、麻里子はそっと彼の手に、自分の指先を重ねた。
その一瞬に、貴之の瞳が深く揺れる。
貴之の手が、そっと麻里子の頬に触れる。
指先はまるで、壊れものに触れるように優しくて、けれど確かに熱を帯びていた。
「……本当に、触れるよ?」
低く静かな声が、胸の奥に響く。
麻里子は、こくりと小さくうなずいた。
言葉にはできないけれど、そのしぐさが、すべての答えだった。
唇が、そっと額に落ちた。
続けて、まぶた、頬、そして唇へと……
時間をかけて、慈しむように触れてくるそのぬくもりに、体の奥からほどけていくような感覚が広がっていく。
麻里子は、ただ目を閉じて、その愛しさを受けとめた。
腕の中に包まれて、背中をなぞる指の感触に、小さな吐息が漏れる。
けれど
彼は、決して焦らなかった。
肌に触れても、深く求めようとはしない。
その優しさに、麻里子の胸がきゅっと締めつけられる。
「今日は、これ以上はやめておこう」
耳元で、そっと囁く声。
「お前を大切にしたい。……ちゃんと、心ごと」
その言葉に、麻里子の瞳が潤んだ。
心まで抱かれている。
そう感じた瞬間、ふわりとした眠気が押し寄せてくる。
「貴之さん……」
そう呼ぶ声が、すでに夢の中に溶けていきそうだった。
貴之は、その髪を一度だけ撫でた。
「おやすみ、麻里子」
麻里子の寝息が、すう、と静かに整っていく。
貴之はそっと彼女の体を抱き上げた。
その軽さに、胸の奥がぎゅっとなる。
こんなにも小さくて、頼りなげな背中を、どうして今まで放っておけたのか—
そう思いながら、ベッドにそっと寝かせる。
毛布をかけると、麻里子は小さく身じろぎして、また静かに眠りの深みに沈んでいった。
貴之は部屋の明かりを落とし、テーブルのグラスや食器を静かに片づける。
音を立てないように、ひとつひとつ手をかけるその仕草には、まるで祈るような丁寧さがあった。
すべてを終えたあと、ふと寝室のドアをそっと開けて、もう一度彼女の寝顔を確かめる。
何も言わず、何も求めず、ただそこにいてくれるだけで、胸が満たされていく。
貴之はリビングに戻り、ソファにゆっくりと腰を下ろした。
背もたれに頭を預け、目を閉じる。
—いい夢を。
貴之もまた、静かに眠りへと落ちていった。