その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
距離が近づく土曜日
「いただきます」
ふたりの声が重なるようにして響いた。
湯気の立つ味噌汁、焼きたての鮭、納豆、小鉢に盛られたぬか漬け。
テーブルの上に並んだ品々に、貴之は目を見張った。
「すごいな……まるで旅館の朝食みたいだ」
「ごめんなさい、どれも少しずつなの。いつも一人分で準備してるから……鮭も一切れしかなくて。半分こになっちゃったけど」
麻里子は少し申し訳なさそうに言う。
けれど貴之は、笑みを浮かべて首を振った。
「いや、こういうの、すごくいい。丁寧に用意してくれた感じがして、嬉しいよ。ありがとう、麻里子」
麻里子の頬が、ふわりと赤らむ。
「……どういたしまして」
箸をすすめながら、ふと思いついたように貴之が口を開いた。
「ところで、麻里子は休暇中の予定、何かあるのか?」
「ちょこちょこ、ね」
味噌汁をひと口すすると、麻里子は穏やかな口調で続けた。
「午前中は軽く掃除して、買い出しに行こうと思ってるの。明日、兄と甥っ子が来るのよ」
そう言う彼女の表情は、どこか嬉しそうで、自然とやわらかな笑みが浮かんでいた。
「そっか。……買い出し、俺もついて行っていいか?」
「え?」
箸を持ったまま、麻里子は瞬きをする。
「貴之さんこそ、夏休みの予定があるんじゃないの?」
その問いかけに、貴之は何気ないふうを装いながら、さらりと言ってのけた。
「俺の予定はひとつだけだ。麻里子と過ごす。麻里子を、徹底的に溺愛する」
箸を持つ手が、ぴたりと止まる。
「……なに、それ。いつからそんな予定になったの?」
驚きと照れが混じった声で問い返す麻里子に、貴之は穏やかな笑みを浮かべながら、そっと彼女の左手に自分の手を重ねた。
「麻里子の夏季休暇を俺が“承認”したときからだよ」
「……え?」
まるで意味が飲み込めず、麻里子はきょとんとした表情を浮かべた。
「俺、麻里子の予定に合わせて休み取ったから。この夏は、お前を甘やかすって決めてる。だから、覚悟して」
その言葉に、麻里子の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「……もう。そんなの、聞いてないし……」
思わず俯いてしまった麻里子に、貴之はクスッと笑った。
「麻里子、味噌汁、おかわりあるか?」
「えっ……あ、はい……」
言い終わらぬうちに、貴之はすっと立ち上がり、キッチンへ向かう。
その背中を見送りながら、麻里子はゆっくりと箸を持ち直し、おかずをひと口運んだ。
口の中に広がる優しい味とともに、胸の奥にも、じんわりとあたたかな気持ちが満ちていく。
—なんだか、この朝を、ずっと忘れたくない。
そんな想いが、そっと芽生えていた。
ふたりの声が重なるようにして響いた。
湯気の立つ味噌汁、焼きたての鮭、納豆、小鉢に盛られたぬか漬け。
テーブルの上に並んだ品々に、貴之は目を見張った。
「すごいな……まるで旅館の朝食みたいだ」
「ごめんなさい、どれも少しずつなの。いつも一人分で準備してるから……鮭も一切れしかなくて。半分こになっちゃったけど」
麻里子は少し申し訳なさそうに言う。
けれど貴之は、笑みを浮かべて首を振った。
「いや、こういうの、すごくいい。丁寧に用意してくれた感じがして、嬉しいよ。ありがとう、麻里子」
麻里子の頬が、ふわりと赤らむ。
「……どういたしまして」
箸をすすめながら、ふと思いついたように貴之が口を開いた。
「ところで、麻里子は休暇中の予定、何かあるのか?」
「ちょこちょこ、ね」
味噌汁をひと口すすると、麻里子は穏やかな口調で続けた。
「午前中は軽く掃除して、買い出しに行こうと思ってるの。明日、兄と甥っ子が来るのよ」
そう言う彼女の表情は、どこか嬉しそうで、自然とやわらかな笑みが浮かんでいた。
「そっか。……買い出し、俺もついて行っていいか?」
「え?」
箸を持ったまま、麻里子は瞬きをする。
「貴之さんこそ、夏休みの予定があるんじゃないの?」
その問いかけに、貴之は何気ないふうを装いながら、さらりと言ってのけた。
「俺の予定はひとつだけだ。麻里子と過ごす。麻里子を、徹底的に溺愛する」
箸を持つ手が、ぴたりと止まる。
「……なに、それ。いつからそんな予定になったの?」
驚きと照れが混じった声で問い返す麻里子に、貴之は穏やかな笑みを浮かべながら、そっと彼女の左手に自分の手を重ねた。
「麻里子の夏季休暇を俺が“承認”したときからだよ」
「……え?」
まるで意味が飲み込めず、麻里子はきょとんとした表情を浮かべた。
「俺、麻里子の予定に合わせて休み取ったから。この夏は、お前を甘やかすって決めてる。だから、覚悟して」
その言葉に、麻里子の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「……もう。そんなの、聞いてないし……」
思わず俯いてしまった麻里子に、貴之はクスッと笑った。
「麻里子、味噌汁、おかわりあるか?」
「えっ……あ、はい……」
言い終わらぬうちに、貴之はすっと立ち上がり、キッチンへ向かう。
その背中を見送りながら、麻里子はゆっくりと箸を持ち直し、おかずをひと口運んだ。
口の中に広がる優しい味とともに、胸の奥にも、じんわりとあたたかな気持ちが満ちていく。
—なんだか、この朝を、ずっと忘れたくない。
そんな想いが、そっと芽生えていた。