その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
食料品の買い物も終えて、ふたりを乗せた車はゆっくりとマンションの駐車場へ入っていく。
エンジンを切ったあと、貴之は先に降りて助手席のドアを開けた。
「ほら」
差し出した手に、麻里子は一瞬戸惑ったように目を伏せたが—
頬を染めながらも、そっと手を重ねてきた。
その細い指先に、貴之はほんの少しだけ力を込める。
「麻里子の部屋に運ぶ分は、俺が持つ」
「え? でも……」
「いいから。こっちは俺のほうに運んでおく」
そう言って、貴之はふたり分の買い物袋から麻里子用のものだけをすっと抜き出す。
その手際はいつも通り迷いがなく、自然で、頼もしい。
「……他の荷物は?」
「あとで、俺の部屋に運んどく」
「……え?」
一瞬きょとんとした麻里子の表情に、貴之はなにも言わず、ただ微笑んだ。
それだけで、すべてが進行していることが伝わってしまう。
そのままエレベーターを上がり、麻里子の部屋へ。
キッチンとリビングルームに荷物を静かに置き終えると、貴之はふと後ろを振り返った。
麻里子がそこに、黙って立っていた。
その姿を見た瞬間、腕が自然と伸びていた。
静かに、やさしく、彼女を抱きしめる。
「……ん」
驚いたように小さく息をのむ麻里子。
けれど、拒まない。そのまま貴之の胸の中に身を委ねてくる。
背中をなぞるように、そっと撫でると、麻里子の身体がふるりと震えた。
—その反応が、愛おしい。
そして、そっと唇を重ねる。
一度、また一度。
角度を変えて、軽く、深く、呼吸を奪わないように、でも確かに。
そして、少しずつ力を入れていくと、麻里子の肩がわずかに上がった。
その瞬間を逃さず、唇の隙間に舌を滑り込ませる。
麻里子の甘い息、熱を含んだ口内の温度。
彼女の味を、じっくりと確かめるように、時間をかけて味わう。
唇が離れたとき、麻里子の瞳は潤んでいた。
その表情をしばらく見つめ、貴之は小さく息を吐いて言った。
「……全部、しまい終わったら、俺の部屋に来い」
「……え……?」
その声に応えるように、貴之はポケットからカードキーを取り出す。
「鍵、渡しておく。俺の部屋、いつでも入れるように」
そっと手にカードキーを握らせると、彼女の手がわずかに震えた。
それでも何も言わずに立ち尽くす麻里子に、貴之はやわらかく微笑む。
そして、何も追い打ちをかけることなく、背を向けた。
「……じゃ、待ってるから」
それだけ言って、静かに扉を閉めて出ていった。
麻里子の手のひらには、まだほんのりと温もりの残るカードキーだけが残された。
エンジンを切ったあと、貴之は先に降りて助手席のドアを開けた。
「ほら」
差し出した手に、麻里子は一瞬戸惑ったように目を伏せたが—
頬を染めながらも、そっと手を重ねてきた。
その細い指先に、貴之はほんの少しだけ力を込める。
「麻里子の部屋に運ぶ分は、俺が持つ」
「え? でも……」
「いいから。こっちは俺のほうに運んでおく」
そう言って、貴之はふたり分の買い物袋から麻里子用のものだけをすっと抜き出す。
その手際はいつも通り迷いがなく、自然で、頼もしい。
「……他の荷物は?」
「あとで、俺の部屋に運んどく」
「……え?」
一瞬きょとんとした麻里子の表情に、貴之はなにも言わず、ただ微笑んだ。
それだけで、すべてが進行していることが伝わってしまう。
そのままエレベーターを上がり、麻里子の部屋へ。
キッチンとリビングルームに荷物を静かに置き終えると、貴之はふと後ろを振り返った。
麻里子がそこに、黙って立っていた。
その姿を見た瞬間、腕が自然と伸びていた。
静かに、やさしく、彼女を抱きしめる。
「……ん」
驚いたように小さく息をのむ麻里子。
けれど、拒まない。そのまま貴之の胸の中に身を委ねてくる。
背中をなぞるように、そっと撫でると、麻里子の身体がふるりと震えた。
—その反応が、愛おしい。
そして、そっと唇を重ねる。
一度、また一度。
角度を変えて、軽く、深く、呼吸を奪わないように、でも確かに。
そして、少しずつ力を入れていくと、麻里子の肩がわずかに上がった。
その瞬間を逃さず、唇の隙間に舌を滑り込ませる。
麻里子の甘い息、熱を含んだ口内の温度。
彼女の味を、じっくりと確かめるように、時間をかけて味わう。
唇が離れたとき、麻里子の瞳は潤んでいた。
その表情をしばらく見つめ、貴之は小さく息を吐いて言った。
「……全部、しまい終わったら、俺の部屋に来い」
「……え……?」
その声に応えるように、貴之はポケットからカードキーを取り出す。
「鍵、渡しておく。俺の部屋、いつでも入れるように」
そっと手にカードキーを握らせると、彼女の手がわずかに震えた。
それでも何も言わずに立ち尽くす麻里子に、貴之はやわらかく微笑む。
そして、何も追い打ちをかけることなく、背を向けた。
「……じゃ、待ってるから」
それだけ言って、静かに扉を閉めて出ていった。
麻里子の手のひらには、まだほんのりと温もりの残るカードキーだけが残された。