その抱擁は、まだ知らない愛のかたち

甘々な夏休み中

遊園地という非日常の場所で子どもと一緒に思いきり遊んだせいか、麻里子も貴之も、それぞれの家でぐっすりと眠りにつくことができた。

翌朝、麻里子のスマートフォンに貴之からのメッセージが届いた。

おはよう、麻里子。よく眠れたか?
昨日、君の家を出るときにうっかり鍵を持ったまま帰ってしまったんだ。
今から返しに行くよ。

麻里子は微笑みながら返信する。

おはよう、貴之さん。了解。
朝ごはん、用意しておくわ。

麻里子がキッチンで朝食の支度をしていると、玄関の鍵が回る音がした。
貴之が、合鍵を使って静かに入ってくる。

「おはよう。麻里子、いい匂いだな」

「おはよう、貴之さん。おなか、空いてる?」

「ああ、めちゃくちゃ」

二人はテーブルに並んで腰を下ろす。
湯気の立つ味噌汁と、焼き鮭、炊き立てのご飯。麻里子の手料理は、ほっとする家庭の味だった。

「麻里子、今日はどう過ごすんだ?」

「久しぶりに泳ぎに行こうと思ってるの。ちょっと遠いけど、週一で通ってるジムがあるのよ」

「会員なのか?」

「ううん。混んでるときもあるし、頻繁に行くわけじゃないから、いつも当日券で入ってるの」

貴之がふっと笑った。

「俺んとこに来ないか? いいプールがある。しかも、空いてる」

「えっ、いいの? でも……居住者専用じゃないの?」

「まあ、そうなんだが……裏の手を使ったから大丈夫だ。ちゃんと登録も済ませる。支度ができたら行こう」

「裏の手って……?」

「ふふ、行けばわかるよ」

貴之はコーヒーを一口飲み、ふと視線を落としたあと、照れたように言った。

「それと、麻里子……俺の部屋にも、君の服とか置いておいてほしい。着替えや、下着とか……」

その言葉に麻里子の手が止まり、頬がふっと赤く染まる。

「え……はい。わかったわ……」

小さくうなずく麻里子もまた、照れ笑いを浮かべながら、彼の気持ちをそっと受け取った。

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