その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
貴之の言葉が、麻里子の胸の奥を静かに、深く揺らした。
傷ついた声、必死で押し殺された怒り。
そのすべてが、彼の“愛している”という叫びだった。

それでも、身体はまだ震えていた。
涙は止まらない。
羞恥と恐れと、自分自身への情けなさがぐるぐると渦を巻いている。

なのに。

貴之の視線は、決して冷たくなかった。
強く、支配するように見つめているはずなのに、
そこには、どうしようもなく麻里子を想う温度が宿っていた。

私は、この人に……愛されている。
こんなふうに、むき出しのまま、すべてを捧げるように。

「……どうして、そんなに……」
震える声でそう言いかけた麻里子の唇を、
貴之が強く塞いだ。

聞きたくない。
そう言っているかのように、激しく、貪るように。

言葉は許されなかった。
代わりに、愛撫が、熱が、彼の執着が全身に降り注いでいく。
強く、荒々しく、
身体の芯をなぞるように、麻里子の奥に眠っていた官能を掘り起こしていく。

羞恥も、恐れも、すべて剥がされた。
麻里子はもう、抗わなかった。
自分という存在そのものを、彼に預けてしまった。

そして
貴之がゆっくりと、彼女の中へと入ってくる。

「あっ……!」

痛みが走る。
けれど麻里子は、それを拒まなかった。
目を閉じ、深く息を吸い込んで、そのすべてを受け入れる。

貴之は止まらない。
奥深く、何度も、何度も、彼女に刻み込んでいく。

意識が遠のきそうになるたび、
貴之はわざと力を込めて、麻里子を現実へ引き戻す。

「……っ、もう……だめ……」

かすれた声で、麻里子が泣くように訴えた。

「だめだ、まだ足りない」

貴之の声が低く、熱を帯びて響いた。
その言葉に、麻里子は全身の力を奪われ、ぐったりと身を預ける。

「……貴之さん……許して……」

涙を滲ませ、掠れる声でそう呟いた麻里子に、
貴之はわずかに笑んだ。けれど、その瞳に優しさはなかった。

「だめだ、許さない」

その一言に込められたのは、愛の重さ。
言葉ではもう伝えきれない想い。
だからこそ、彼は繰り返した。

その夜、貴之は、麻里子を抱きつぶした。


朝の静寂に、貴之はゆっくりと目を覚ました。
隣には、昨日、何度も求め、抱きしめた女が眠っている。

麻里子は、裸のままシーツにくるまれ、無防備な寝息を立てていた。
頬はわずかに紅く、肩に残るキスマークが、夜の名残を物語っている。

貴之は静かに手を伸ばし、その柔らかな頬をなぞった。
後悔など、あるはずがない。
むしろ、もっと欲しい、と思う。

彼はそっと身体を滑り込ませ、再び麻里子の温もりを求めた。
愛撫は、昨夜のような荒々しさを伴わない。
優しく、深く、愛を届けるように。

麻里子の眉がわずかに動き、まぶたが震えた。
半分夢のなかにいるような表情で、
ゆっくりと目を開けた瞬間
すでに彼女の中に、貴之が入っていた。

「あ……っ……」

思わず息を呑んだその声は、
痛みではなく、心地よさと、確かに感じる愛への応答だった。

「おはよう、麻里子」
「……愛してるよ」

貴之が動きを一瞬だけ止めて、そっと耳元で囁いた。

麻里子はうっとりとした瞳で彼を見つめ、
恥じらいの影を残しながらも、初めて自らの想いを口にする。

「貴之さん……おはよう……」
「私も……愛してるわ」

貴之の動きが、そこで止まった。
その瞳が、信じられないものを見るように麻里子の顔を見つめる。

ようやく、聞けた。
この一言を、どれだけ待ち望んだことか。

麻里子の指が、貴之の背中にそっと絡みついた。
「もっと……もっとして……」

恍惚と甘さが混ざった声で懇願するその姿に、
貴之の理性はすぐに溶ける。

「……麻里子……」

息を呑むように名を呼び、
その願いに応えるように、ゆっくりと、そして確かに動きを深めていった。

愛が満ちていく。
身体を通じて、心がほどけて、重なっていく。

そして、貴之は、静かに絶頂を迎えた。
愛し抜いた女の温もりの中で、全てを委ねるように——。

彼女の「愛してる」というたったひとことが、
それほどまでに、彼を救い、満たしたのだった。
< 82 / 127 >

この作品をシェア

pagetop