その抱擁は、まだ知らない愛のかたち
「勝手に、決めないでよ……」

絞り出すように言った麻里子の声に、貴之は静かに微笑む。

「離れて暮らす……? そんな発想が、まだおまえの中に残っていたとはな」

貴之の声は低く、微笑すら浮かべていたが、その目は氷のように冷たい。

「それは――認められない」

冷えた声で、ゆっくりと言い切る。

麻里子が視線を逸らしかけたその瞬間、貴之の指先が顎をすくい上げるようにして、強制的に彼の目を見させた。

「麻里子。……お前は俺のものだ」

吐息混じりの囁きは優しさに似ていたが、その内側には凍てついた所有欲が滲んでいた。

貴之は麻里子の唇を塞いだ。求めるように、確かめるように。迷いはなかった。その腕のなかで、麻里子の身体が微かに震える。

どうしてこんなふうに……。

麻里子の心は揺れていた。言葉にできない想いが、頭と心と、身体を別々の方向に引き裂こうとする。

怖い。けれど、嬉しい。怒っているはずなのに、どうしようもなく引き寄せられてしまう。

混乱したまま、麻里子の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。

それに気づいても、貴之は動きを止めなかった。

唇が首筋へ、鎖骨へと這い、服の隙間から忍び込むように指先が滑る。その触れ方にためらいはなく、むしろ静かな執念が宿っていた。

まるで、彼女の身体に
欲望と怒りと、言葉にならないほどの愛情を、深く深く刻みつけていくかのように。


涙は頬を伝い続けているのに、麻里子の唇はもう何も拒まなかった。

怖いほどの激しさに、彼の支配に、それでも惹かれてしまう自分に戸惑いながら
麻里子は、ただ静かに、貴之を受け入れていった。
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