さよなら、痛みの恋 ― そして君と朝を迎える



 ようやく逃げ出せたばかりなのに。また誰かに依存してしまったら、今度こそ自分を失ってしまう。

 悠真が優しいから。幼なじみだから。きっとそのせいだって――そう自分に言い聞かせた。

 でも、そんな紗夜の心とは裏腹に、悠真の想いは日に日にあふれていった。

 ある夜、雨の音が窓を打つ中、ふたりはダイニングテーブルで向き合っていた。

「紗夜」

「……うん?」

「俺さ、ずっと思ってたんだ。いつか紗夜が泣いてる理由に、俺がなれたらいいなって」

「……え?」

「――いや、ちがうな。泣かせたいんじゃなくて、笑わせたい。笑ってるお前が、いちばん好きだから」


 まっすぐな視線が、紗夜を貫いた。

 ずっと、誰にも必要とされていないと思っていた。
 ただ我慢して、傷ついても口をつぐんで、壊れそうなガラスの上でバランスを取り続けていた。

 そんな自分を、悠真はちゃんと見て、名前を呼んでくれた。

 胸がぎゅっとなって、言葉が出なかった。


「いま答えなくていい。紗夜がもう一度、誰かを信じたいって思えたとき、そのとき――俺を思い出してくれたら、それでいいから」


 それは告白でありながら、何も求めない優しさだった。

 紗夜は、その夜、一人で眠れなかった。

 閉じた瞼の裏で、何度も悠真の言葉が反響する。


(……どうして、こんなにも優しいの……?)



 彼のことが、怖いくらいに、心の奥に入ってきてしまう。

 でも、ひとつだけ分かっていることがあった。



 ――悠真の隣なら、自分は変われる気がする。





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