甘い生活を夢見る私は、甘くない彼に甘やかされる
 それから、平和にお疲れ様会は終了し、私は、最終のバスに乗り込む。
 最近はもう、この時間が通常になってしまった。
 いつものバス停で降りるが、コンビニには寄らずに真っ直ぐ帰宅。
 そして、部屋に帰ると、お風呂に入り、洗濯機を予約し――明日の朝食とお弁当の準備をする。
 とはいえ、手の込んだものは無理なので、冷凍食品のおかずを決め、頑張ってスクランブルエッグだけを作っておいた。
 それでも、以前よりは、少しはマシになってきたと思う。
 増沢は、相続手続きの進捗を伝えに来がてら、私に家事を教えてくれている。

 ――いよいよ、増沢も引退間近ですか。

 そんな風に軽口を言われるくらいには、成長しているんだろう。


 ――美善さんとは、もう、仕事上、最低限にしか会話をするだけになった。


 胸の痛みは、まだ、治まるコトは無いけれど――それでも、平気なフリだけは、上手くなった気がする。

 それでも、部屋に帰れば、勝手にいろんな想い出があふれ出して、泣いて過ごす日々。
 いっそ、引っ越してしまえば――そうは思っても、ここでの生活に、彼の姿が見え隠れしている以上、そんな気にもなれなかった。



 それから一週間後。
 私は、部屋の入り口そばにある掲示板に貼られたそれを、ジッと見つめていた。


 ”九月一日付、日水美善、総務部一課課長に任ずる”


「――穴が開くわよ」

「え」

 振り返れば、池之島さんが、真後ろで眉を寄せながら立っていた。
「あ、ご、ごめん」
「過去最短記録じゃないの、昇進」
「――え」
「この前、主任になったばかりなのにねぇ……。まあ、課長が身体壊しちゃったから、仕方ない部分もあるでしょうけど――」
「……うん……」
 総務部一課課長は、この前の人間ドックの検査でマズいものが見つかったらしく、いろいろあって退職する運びとなった。
 その後釜に、他の人もいたはずなのに――選ばれたのは、美善さんだったのだ。
「でも、課長の仕事も手伝ってたみたいだし、適任は適任じゃないの」
「……うん……」
 私は、池之島さんの言葉を聞き流すようにうなづくと、自分の席に着いた。
 今、美善さんは、課長の席についているので、視界に入るコトは無い。

 ――それが、悲しいのか、ホッとしたのか……自分でも、気持ちがわからなかった。
< 108 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop